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小笠原諸島も「東京都」−言語学の研究メニュー−

名古屋という片田舎に住む私が,東京,ときいてまず思い浮かべるのは,何と言ってもあの人混みです。夜の10時をまわっても超満員の山手線,真夜中でも人通りの絶えない歌舞伎町,日本の人口の約1割が集中しているのだから,当然と言えば当然? 

でも,一口に東京と言っても,かなり広いです。なにも23区内だけが東京ではありません。「東京都」という単位で考えると,府中や八王子といったベッドタウンはもちろん,奥多摩や高尾だって東京都です。もっと言えば,八丈島や小笠原諸島だって,れっきとした東京都です。それが証拠に,島内で車を購入すれば品川ナンバーになるそうですし,都区内から小笠原へは市内料金で電話がかかる(らしい)。そうですから。私たちが「東京」ときいて思い描くイメージと,八丈島や小笠原諸島の様子とはかなり異なります。でも,どちらも「東京都」には違いありません。

言語学の研究領域(640*480 GIF) 言語学の世界にも同じようなことが言えます。うん,一口に言語学といっても,本当に広いんです。上の図を見てください。これは,「言語学」という分野で何が研究されているかを,わたしが図式化したものです。中央にあるバームクーヘンというか,ダーツの的のような同心円の中心が東京駅のようなものです。そこに,「音声学」という分野があります。言語学は,音声学を軸に,形態論,統語論,意味論,語用論…と放射状に広がっています。この同心円に含まれる分野が,俗に「言語学プロパー」とよばれるもので,東京都の中で最も人口が集中している,23区内のようなものです。

一昔前までは,「言語学」といえば,このバームクーヘンの中だけを勉強すればすみました。しかし,最近は,言語学の世界でも過密地帯を避けて? 都心から郊外へ引っ越す人も増えてきました。あるいは,最初から,郊外に家を構える人も出てきました。この「郊外」にあたる分野が,社会言語学や神経言語学といった分野です。その中には,比較的都心に近い,町田や三鷹といったところに住んでいる人もいれば,離島に住んでいる人もいます。でも,そんな人すべてをひっくるめて「東京都民」つまり,言語学の研究者がなりたっているのです。

都心に住むか,郊外に住むか,これは一長一短で,どちらがいい,なんて価値判断できるものではありません。都心に住むと,交通の便はいいし,デパートもたくさんあります。でも,空気は悪いし,騒がしい。逆に,郊外や離島では,ちょっと買い物をしようにも非常に不便,だけど,犯罪は少ないし,住民同士のふれ合いも多いので,いいことだって多いですよね。

言語学も,またしかりです。先ほど見た図では,音声学が同心円の最も中心にあって,社会言語学や人類言語学,応用言語学,神経言語学などは,かなり離れた位置にあります。これは便宜上,研究の対象となる単位の小さいものが,より中央のほうにくるように並べてみただけで,各分野の重要度の序列を示すものでは決してありません。つまり,音声学が言語学の中でもっとも重要であるとか,社会言語学は同心円から外れているから亜流だとかいうことを言うつもりは全くありません。音声学は,ことばの「音」という,「文(統語論)」や「語(形態論)」よりも小さな単位のものを研究の対象としているので,中央に持ってきたまでです。逆に,例えば,社会言語学は,ことばと現実の社会との関連を研究する,つまり,社会という,ことば以外のものにも研究対象を広げるという意味で,中心から離れたところに置いているわけです。

くれぐれも,この点を誤解しないようにしてください。同じ東京都に属する以上,一部の地域の住民だけを優遇したり,差別するのでなく,東京都民全体を視野に入れて考えなくてはいけません。

こんな例でみてみましょうか。たとえば,皆さんが彼氏(彼女)とクリスマスなり,誕生日なりにディナーへ行くとします。帰り道,「今日の食事,とってもよかった!」なんて言うとき,どんな基準で判断していますか? もちろん,メニューの内容や料理のおいしさというのが一番大きいのでしょうが,それだけではなく,使われている食材やスパイスの種類,出てきたワインの銘柄といった,よりミクロ的な要因や,逆に,ウェイターの応対や店の雰囲気,流れていたBGMのような,食べ物以外の要素,つまり,マクロ的な要因も全部ひっくるめて,「よかった」となるのだと思います。いくら食事がおいしくても,なかなかオーダーをききにこない店や,大切な日のディナーなのに,落ち着いて会話もできないほどガサガサしているような店は,全体の評価は下がるでしょう。逆に,雰囲気がすごくしゃれていても,食事自体がまずい,という店も同じことです。

言語学もそんな感じです。一般的な言語学の流れの中で主流を占めるのは,何だかんだ言っても統語論(いわゆる文法)の研究でしょう。しかし,それは,言語学全体の中でみれば,バームクーヘンの層のひとつであるに過ぎません。統語論というメインディッシュだけで言語学全体を論じることはできず,音声学や音韻論といった,ことばの素材そのものを扱う分野や,社会言語学や応用言語学,言語人類学といった,いわば,レストランに流れるBGMや店員のマナー,使われている食器やじゅうたんの絵柄といった,食事を楽しくするための雰囲気なども考慮に入れていく必要があるのです。

★これを読んでくださっている皆さんで,今後言語学をやっていこうかな,と思っている方へ… 自分の専門に誇りを持つことはとっても大切だと思います。でも,それにくわえて,自分の専門以外の人のしている研究にも興味を持ち,他分野の人たちと積極的に情報交換していくことは,もっともっと重要なことだと思うのです。どうか,狭い専門に閉じこもらないで,言語学全体に関心を持ってください。「ことば」というものには,音声があって,単語があって,文章があって,ディスコースがある,どれ一つ欠けても,ことばを使うことはできません。そして,ことば以外の要因抜きでは,本当にことばを語ることはできないのです。

ちなみに,先ほどあげた図に記されている研究領域,とくに,同心円の外にある関連領域は,言語学の扱う分野の中のごくごく一部です。小笠原列島が,地図にも載っていないような何百という島々から構成されているように,言語学の世界にも,まだまだ未開拓の研究領域がたーくさんあります。そして,実際にそこに定住して生活している人も少なからずいます。今度の日曜日にでも船を出して,訪ねてみませんか?


(C) Kenji Sekiyama, 1999.  All rights reserved

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