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言語学者は何カ国語を話せる? −「語学」と「言語学」−

「今どうしてる?」
「大学院へ行って,まだ学生やってる」
「へぇ,何が専門?」
「言語学」
「言語学? なにそれ? あ,そっか,ことばを専門に勉強してるんだから,5カ国語ぐらいはしゃべれるんだ。いいなぁ,オレなんて英語だけでも大変なのに!」

学部時代の友人達と久しぶりに会うと,必ずと言っていいほど,こんなやりとりがあります。5カ国語でしゃべれるって?・・・おいおい,ちょっと待てよ,と言いたくても,なにぶん飲み会という会話のペースが速い場面では,話を戻すわけにもいきません。…でも,考えてみてくださいよ。言語学者がみんな5カ国語しゃべれるのなら,日本だけでも何千人と言語学者がいるわけだから,プロの通訳者の立場がなくなります。プロで通訳をやっている人でさえ,5カ国語ができますという人はまずいません。それどころか,英語−日本語といった二言語間の通訳でさえ,オールマイティーというわけにはいかず,最近は得意分野によって政治経済専門の通訳,スポーツ専門,自然科学専門,などと細分化されているぐらいなんだから。

こんな例からも分かるように,どうも言語学という分野は,フツーの人にはなんかとらえどころがなくて,なんかよく分からなくて,なんかよく誤解されるもののようです。他の分野では,こんなことはありません。例えば,歴史学をやってます,と言えば,そうか,どこかの国の歴史を研究してるんだ,と見当がつきます。数学や化学を研究してます,と言えば,中学や高校の数学や化学で習ったことを思い出しながら,あれのもっと難しいことを勉強してるのか,ぐらいのことはわかります。量子物理学,なんていうきいたことないような分野でも,ようわからんけど,とにかく難しい物理学を勉強しているんだ(笑),ぐらいはイメージできます。実際,細かな点はともかく,それほど的外れでもないでしょう。

なんで,言語学だけこんなふうに誤解されるんだろう? なんで,「ことば」っていう,私たち人間にとって最も身近なものを研究する分野が,こうも取っつきにくい印象を与えてしまうんだろう? どうすれば,言語学をやっていない人に,ことばの世界を研究することの喜びを分かってもらえるんだろう? 大学院へ進学以来,こんなことをずっと考えてきました。最近になって,そのカギは,どうも「言語学」と「語学」の区別がごっちゃになってる,ってことにあるんじゃないか,と気づいたのです。結論から言えば,「言語学」と「語学」は「言」という字があるかないか,ということ以上に違います。っていうか,全く違う,と言っていいでしょう。

「語学」というのは,「語学留学」「語学学校」「語学を身につける」などという例からも分かるように,ある言語の運用能力(聴く,話す,書く,読む)を身につけることで,いわゆる「実学」です。大学の教養外国語の授業もその一つです(4種類の運用力すべてが身につくかどうかは別として)。これは,車にたとえてみれば,車を運転する「技能」を身につけることにあたります。余談だけど,学生ことばでは,大学の(単位取得が主目的の)教養外国語の授業は「ご_~がく」(いわゆる平板アクセントで,「がく」が高い),学外で,趣味や教養目的で学ぶ外国語を「ご~_がく」(「ご」が高い,標準的なアクセント)とちゃんと使い分けてます!

一方,「言語学」は,辞書的に言うなら,「言語の科学的研究」であり,「理論」です。車で言うなら,車の動く仕組みや修理方法,車が生産されるプロセスを学ぶことだと言っていいでしょう。「理論」の中身は,別のところでお話ししますので,ここでは「語学」と「言語学」の比較を中心にみていきましょう。

車の運転を学ぶには,理屈よりも,身体で覚えることが大切です。運転に必要なのは,「アクセルを踏むと,燃料がより多くエンジンへ送り込まれるので,エンジンの回転数が増し,速度が上がる」という理屈よりも,「アクセルをこれぐらい踏むと,これぐらいの加速ができる」という「体感」です。たしかに,車の動く仕組みを知っていれば,故障したときの応急修理等で役立つかもしれません。でも,そんなこと全く知らなくても,車を運転する「技能」さえ身についていれば,誰でも車が運転できるし,不自由もしません。ワイパーが作動する電気回路を知らなくても,ワイパーのスイッチの場所さえ知っていれば,なにも困りませんよね。昔は,自動車学校でも少なからず車の構造に関して学んだらしいけど,今はほんの数時間しかやらないみたいです。車の性能が向上し,めったなことでは故障しなくなったからでしょう。

一方,車の運転とは別に,自動車そのものに関して学ぶところもあります。自動車整備士を養成する専門学校などですが,ここでは,車そのものの仕組みを深く学びます。詳しくは知らないけど,たぶん,エンジンを分解するにはどのような手順で行えばよいか,オイルの交換はどうすればよいか,などを勉強するのでしょう。このような「しくみ」を学ぶには,必ずしも車を運転する技能は必要としません。もちろん,普通免許ぐらいは誰でも持っているでしょうが,自動車の専門家である整備士だからといって,大型免許や二種免許まで持っている人は少ないでしょうし,またその必要もないはずです。

話を戻しましょう。今お話ししたのと同じことが,「語学」と「言語学」の関係にもあてはまります。

「語学」は車(言語)を操る技能です。運転免許を持っている人の数が,自動車整備士の資格を持っている人より圧倒的に多いのと同様に,「語学」のエキスパートは,言語学の研究者の数をはるかに上回っています。「語学」に必要なのは,まず第一に「技能」です。「語学」の世界で生計を立てている人(通訳,会話学校の講師など)は,ネイティブ・スピーカーと同等,とまでいかなくても,それに準ずる運用力が要求されます。いくらIPA * の表を丸暗記していても,/l/と/r/を区別して発音できなければ,プロとしては失格でしょう。もちろん,自動車の運転同様,車の仕組み(言語学的な知識)を知っておくことは,決して無駄にはなりませんが,必要不可欠というわけでもありません。プロの優秀な通訳で,言語学をまったく学んだことのない人もいます。

一方,「言語学」は,車を整備したり,分解したりすること,あるいは,より燃費のいい車を開発するために,車そのものの構造を研究している人たちにあたります。このようなことを研究していれば,自動的に車が運転できる(言語の運用能力が身につく)わけではありませんが,だからと言って,整備士や自動車メーカーの研究スタッフがいらない,というわけでもありません。言語学の研究者は,なるべく多くの言語に通じていた方がいいというのは,今さら言うまでもありません。でも,多種類の運転免許を持っている整備士が少ないのと同様に,日本の多くの言語学者は,母語以外に1つ外国語(大半は英語だけど)ができればマシなほう,というのが現状です。

私自身も,英語論文を読んだり,国際学会で英語の発表を聴いたり,英語圏の研究者達と,オンライン,オフライン問わず,英語でやりとりするというのは日常茶飯事だし,時には英語でプレゼンテーションをしたり,英語で論文を書いたり,ということもあります。でも,同じことを英語,日本語以外でやれといわれたら,ちょっと,どころか,すごく困ります。幸いそんなことはありませんが(笑)。もっとも,知り合いの中には,英語はもちろん,フランス語やドイツ語もできる人や,NHKのラジオ講座の外国語すべてをハシゴして聴いているような言語学研究者もいるので,言い訳はできないです^^;;。はい。


* IPA: International Phonetic Alphabet(国際音標文字)の略。私たちが中学や高校で習った「発音記号」の総本店です。私たちが英語の時間に教わった発音記号は,英語に存在する音の記号だけなので,数は知れていますが,本家IPAの表をみると,見たことのないような記号がたくさん載っています。言語学に携わる私でも,この表の中で実際に発音できるのは,英語にある音以外はごくわずかです。でも,音声学を専門にやっている人たちは,IPAの音素すべて(ということは,世界中の言語で使われている音の(ほぼ)すべて)を自ら発音できる人も多いそうです。当たり前といえば当たり前かもしれないけど,やっぱりすごい。こうなると,言語学もいちがいに「理論」だけではやっていけないのかな?
(C) Kenji Sekiyama, 1999.  All rights reserved
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