2. 学会発表（口頭発表）って何？ －論文を書くのと発表するのはどう違う？－
論文は，いったん書きあげて雑誌なり，紀要なりに掲載されてしまうと，著者のもとを離れて一人歩きを始めます。そして，それ以降は，著者があれこれ干渉することはできず，すべては論文を読む読者のペースで進んでいきます。読んでいて理解しにくい箇所があれば，たとえ著者が，そこはいい加減に書いたから軽く読み流してくれ，と願っていても，読者は何回も読み返したり，メモをとったりしながら，自分のペースで読み進めることができます。また，ひどい論文なら途中で読むのを止めてもいいし，破り捨てたってかまいません。
しかし，研究発表は，逆に発表者のペースですべてが進んでいきます。聴衆は，たとえ分かりにくい発表だからといって，後に戻ったり，立ち止まって休憩することはできません。また，つまらない発表だからといって発表中に抜け出すのは難しいし，ヤジを飛ばすこともできません。あなたの発表を聞きに来る人たちは，たとえ大御所の先生であっても，多忙な先生であっても，少なくともあなたの発表時間の間は，発表に熱心に耳を傾けて（あるいはつまらない発表につきあって）くださっています。これを常に頭に入れておきましょう。そうすれば，いい加減な準備の発表なんて絶対にできなくなります。大御所の先生の発表なら，たとえ退屈な内容でも，その先生を拝見したり，お話を聞けただけで満足する人は多いでしょう。しかし，私たちが同じような発表をしても，誰も満足などしてくれません。
こう言うと，「発表で他人を満足させる必要はない，自分のために発表するんだから」という反論をする人が必ずいるのですが，この自己満足的な考えこそが，「日本の学会発表はつまらない」という定説を生む元凶であることに，私たちは気づく必要があります。私も，えらそうなことを言えるような身分ではないのですが，内容の優劣はともかく，どんな小さな学会であっても，聞きに来てくださる方に失礼にならないよう，私なりに全力で発表準備をしているつもりです。
論文は，著者から読者への一方通行です。読者が，ここのところをもう少し詳しく説明してほしい，と論文に向かって言っても，答えは返ってきません。一方，発表は，発表中こそ一方通行ですが，QAになれば発表者と聴衆の間で双方向のやりとりができます。不明瞭な点を質問することはもｿろん，反論を投げかけることもできますし，相手の見解を聞くこともできます。休憩時間になれば，聴衆どうしでディスカッションが生まれることもよくあります。このように，あなたの研究に関して，即座に，しかもインタラクティブにコメントなり，質問なりをいただける，そして，その結果，研究者仲間のネットワークが広がる，というのが，口頭発表の最大のメリットでしょう。「時間がかかる割に論文ほどの業績にはならないから…」といって，口頭発表を毛嫌いする人が少なからずいますが，業績を稼ぐ場というよりは，他大学の研究者仲間と親交を深め，あなたの行っている研究の魅力を他の研究者たちにお話しする場として考えてみてはどうでしょうか。
論文は，ある研究の全体的な成果を他の研究者に報告するためのものです。したがって，社会言語学関連の研究なら，実際に収集したデータを分析し，その結果を示し，さらには結果から何が導けるかを論理的に述べ，結論づける必要があります。自分の説を主張するためには，それなりの質と量のデータで裏付ける必要がありますし，方法論的にもしっかりとしたデザインを構築する必要があります。データの集計結果を示しただけで，考察がなされていないものや，データの量があまりにも少ない研究は，論文とはなり得ませんし，なったとしても，その論文の評価は悪くなります。
一方，発表は，完成した研究を口頭で述べるケースもありますが，論文にするにはちょっと不十分な研究や，中間段階の研究でも受け入れられます。多少論理の飛躍があっても，提示すべき例文などが不足していても，最初に，まだ未完成の研究なので，皆さんからコメントをいただいて勉強したい，という旨を明らかにしておけば，聴衆は好意的に聴いてくれるはずです。そして，聴衆からいただいたコメントなどを参考に，論文化する際に修正すれば，立派な論文になります。私の周囲の院生で，優れたクオリティーの論文を何本も書いているような人は，まず例外なく口頭発表も積極的に行っています。本人だけでは思いつかなかったような考えが，口頭発表での聴衆のコメントを参考に引き出せるのでしょう。
簡単に言えば，学会発表（とくに大きな学会の）は，店にたとえればコンビニで，何でも揃う反面，品質はピンからキリまであります。一方，論文一本一本は，いわば専門店であり，ごく限られた商品しかありませんが，粒ぞろいのものばかりを揃えている，と言えば分かりやすいでしょう。
国際学会へ参加した皆さんなら実感するでしょうが，本来学会というものは，学問の「おまつり」（と言って不謹慎なら「イベント」でもいいですが）です。事実，国際学会では，研究発表やレセプション以外に観光ツアーがあったり，中にはまる一日すべてのセッションを休みにして，観光日を設けている学会もあります。「おまつり」ですから，ありとあらゆる人がやってきます。たとえば，社会言語科学会(JASS)なら，社会言語学という幅広いフィールドに携わっている人たちが，細かな専門分野にとらわれず発表を聞きにきます。日本では，全国大会レベルの大きな学会でない限り，パラレルセッション（同一時間帯に複数会場でセッションがあり，参加者は自分の関心に応じて会場を選べる）のかたちはとらないので，聴衆は，自分の専門分野外であっても発表に参加します。
しかしながら，論文は，基本的にその分野の専門家が読みます。あなたがturn-takingに関する論文を書いたら，その論文は，会話分析の専門家，というより，もっと狭く，turn-takingの専門家（専門家でなくても，turn-takingに深い関心を持っている人）しか読みません。しかし，発表は，今お話ししたように，実に幅広い分野の研究者が聴きに来ます。あなたのturn-takingの発表を，方言学の専門家が聴くこともあり得ます。もっと極端な場合，turn-takingの発表を生成文法の専門家が聴くことだって，ないとは言えません。
2.4.でお話ししたように，学会発表は，様々な研究分野の人が聴きにきます。そのため，とにかく「わかりやすい」発表をすることが鉄則です。あなたがrepairsを扱った発表をするのなら，repairsに詳しい友人があなたの発表を聴いて，「分かりにくい」なんて言うような発表ではまずいです。専門でやっている人が聴いて分かりにくい発表を，専門でない人が聴いたらどうなるのでしょうか？
発表がわかりやすい人は，まず例外なく自分の研究分野に関して非常に博識で，それを惜しみなく提供して下さいます。質問をしても，自分の言葉で，かみくだいて説明して下さるので，たとえ専門外であっても非常に理解しやすいのです。そして，堅苦しい内容をディスカッションしていても，とても楽しそうにしています。
わかりやすい発表をするためには，まず自分の研究に対して熟知していることが必要です。そして，専門書や他人の論文の受けうりでなく，自分の研究は，自分自身の言葉で説明できるように心がけましょう。もちろん，研究自体を楽しみ，仲間の研究者と積極的に交流することも大切だと思います。自分の研究が楽しければ，自然と他の人にもその楽しさを知ってもらいたくなるでしょう。その結果が，わかりやすい発表につながるのだと思います。
中には，研究発表は講演とは違うのだから，わかりやすくする必要があるのか，という人もいます。聴衆に迎合してまでレベルを下げる必要があるのか，と…。しかし，「わかりやすい」ということと「レベルが低い」ということは何の関係もありません。レベルが高いことを分かりやすく発表することは可能ですし，逆に，大した内容でなくても，わざと難しく話して聴衆を煙に巻くこともできます。もっとも，レベルの高いことを分かりやすく話すのは，大した内容でないものをわざと難しく話すことよりも格段に難しいと思います。結局のところ，難しい内容を難しく話すのが一番簡単なのです。
2.5.1. 「わかりやすく」するためには，時間をかけて準備し，時間をかけて説明しよう
今お話ししたように，高度な内容を，分かりやすく話すのは大変な準備がいります。20分の発表の準備に1カ月以上かかることだってざらです。学会発表を申し込むと同時，すなわち，まだ発表できるかどうかも分からないときから準備を始めて，ちょうどいい具合だったりします。
残念ながら，日本では，口頭発表は論文などに比べて一段低く見られています。分かりやすい発表にするために時間を使う暇があったら，1本でも多く論文を書け，なんて言う先生方もみえます。そういう先生に限って，ふだんの授業は難解かつ単調で，またそういう先生のもとで学んだ院生が，将来教壇に立って同じような授業をし，同じことを院生に教えます。これでは「日本の学会発表はつまらない」という定説は永久に変わりません。
分かりやすい発表にするための効果的な方法は，時間をかけて準備することに加え，本番で時間をかけて説明をするということです。1分で説明できることを2分かけて説明すれば，（ふつうは）分かりやすくなります。しかしながら，1人あたりの発表時間は決められており，勝手に長くすることはできません。したがって，限られた時間でより「わかりやすく」するためには，当然「量」を減らす必要があります。内容を絞れば，時間に余裕が生じ，必然的に分かりやすい発表になります。贅肉をそぎ落として，エッセンシャルな部分のみを発表します。とくに修論などの大部のものを発表する際は，その中から要点を絞りこむ必要があります。
もちろん，そうすれば，その分野の専門家にとっては物足りないでしょう。でも，そのような専門家は聴衆のほんの一部です。そのような人は，発表外で個人的にお話ししたり，後日論文にしたものをお送りしたりすれば満足してくださるはずです。もちろん，ごく限られた分野の専門家しか参加しないことが分かっている学会（特定領域を扱う小規模な研究会など）では，専門家をターゲットに当てた内容にする必要もあるでしょう。幸いその手の会では1人あたりの発表時間にも余裕があるはずなので，わかりやすく，かつ専門家を満足させることは十分可能です。
2.5.2. あなただけの「わかりやすい」発表スタイルを確立しよう
私が聞いた院生の発表の中で，これはすごい，と思ったもののひとつですが，イントロ→先行研究と問題点→仮説と方法論→結果→考察→結論，というオーソドックスな発表の流れではなく，イントロの後にいきなり結果，考察，結論を持ってきて，それに基づいて先行研究や方法論を導いていった人がいました。彼女の発表スタイルは，いわゆる西洋式の論理構造に基づいているのでしょうが，結果が先に分かっているので，専門分野が似ている私は言うまでもなく，専門外の人にも非常にわかりやすかったことでしょう。人間の集中力はたかがしれていますので，発表の冒頭に自分の最も言いたいことをもってくれば，非常に説得力が高くなるという見本のようなものです。私も，今度の発表では，彼女のスタイルを参考に，新しいスタイルでの発表に挑戦してみようと思っています。
この例からも分かるように，典型的な発表スタイルにとらわれないで，時にはちょっと実験というか，冒険してみるのも，よい発表をするうえでは大切なことではないでしょうか？ とくに，発表経験がまだ少なく，他人の発表を聞いたこともあまりない修士課程の皆さんには，ぜひ既成観念にとらわれず，あなた独自の発表スタイルを確立していってほしいと思います。もちろん，時には失敗することもあるでしょう。しかし，院生のうちは，大失敗しても周囲の先生方は「院生だから」と温かく見守ってくださるでしょうし，貴重な助言やコメントも忌憚なくいただけると思いますので，それを参考に，次回につなげていけばいいのです。ポストについて，「○○大学助教授」のような肩書きがついてしまうと，たとえひどい発表でも，周囲は「ひどい」と面と向かっては言わず，陰で「何だあいつは」と噂されるでしょう。今のうちに失敗を重ねていけば，就職するころには，少なくとも悪口を言われるような致命的な失敗はしなくなるでしょうから。
学会発表は，あくまでもpublicな場ですから，あまりに奇をてらったスタイルを追求するというのは問題かもしれません。しかし，既成の発表スタイルにこだわって，あなたの個性を殺してしまうのもまた問題でしょう。発表経験を積み，慣れてきたな，と思ったら，学会発表という枠の中で，あなたにしか真似できない独自の発表スタイルをぜひ確立していってほしいと思います。発表の提示順序を入れかえた先ほどの例のような，大きなことばかりでなく，声の調子，話し方，ハンドアウトやOHPシートのレイアウト，書体，といったほんの小さなところでも，あなたの個性は出ると思います。強制するつもりはまったくありませんが，こんなことを常に意識していると，何回発表を重ねてもマンネリ化することのない，イキイキした発表をずっと続けていけるかな，と，私自身，自戒もかねて感じます。
2.6. 「発表デビュー」の前に，たくさんの発表を聴いて自信をつけよう
今まで，論文と口頭発表の違いを中心に，学会発表とはどんなものなのかについてお話ししてきました。皆さんの中には，発表ってこんなに大変なのか！ と自信を失いかけている人もいるかもしれませんね。最初は誰でもそうだと思います。私や，私の友人たちの経験談を総合すると，学会発表は最初の2，3回が大変です。それを過ぎれば，あとは（良い意味での）慣れと経験で，それなりの水準のプレゼンテーションができるようになります。今は半信半疑かもしれませんが，ほんとですよ！
よい発表をするためには，もちろん発表を数重ねて経験を積むことも大切ですが，それ以上に，たくさんの発表（良い発表，悪い発表問わず）を聴く必要があります。これは，発表に限らず，スポーツや楽器，語学などの技能すべてに共通することですよね。たとえ，皆さんが，塾の教師や弁論部などで，人前で話す経験を積んでいても，学会という場で初めて発表する以上，初心にかえってください。そして，学会でのプレゼンテーションがどういうものなのか，人前で話すこと自体に慣れている人ほど，他人の発表をたくさん聴いて，じっくり研究することをおすすめします。「自分の発表しない学会へは行かない」という院生もいますが，経験も学識も豊富で，しかも多忙な先生方ならともかく，私たちがこんな傲慢なことを言っていては困ります。聴衆の多くは，発表をしないのに学会へ参加し，わざわざあなたの発表を聴きに来て下さっているのだ，ということを忘れてはなりません。
学会発表は，形こそスピーチや学校の講義のようですが，内容はまったく異なります。学会は，基本的に研究者や院生の人しか聞きに来ないわけですから，塾や学校で生徒の気をひきつけるための，いわゆる「歌って踊れる」的なパフォーマンス能力が要求されるわけではありません。もっとも，冒頭にjokeを盛り込むことなどは効果的ですが，ジョークを言わない人でも「良い発表」「分かりやすい発表」をする人はたくさんいます。人前で話すのは苦手，内気だから，などと言って発表をためらう人もいますが，学会発表に関して言えば，それほど性格的な向き不向きというものはないと思います。私は，このようなマニュアルを書いていることもあり(?)，発表を聴きにいっても，時には内容以外の面も意識してしまいますが，ほとんどの人は，発表のしかたが良かろうが，悪かろうが，発表者が緊張していようが，とくに気にとめてはいません（だからといって，「なーんだ，じゃあ別に発表そのものにここまで真剣にならなくていいのか」とは思わないでくださいね！）。
(C) Kenji Sekiyama, 1999. All Rights Reserved.
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