8. 質疑応答(QA)（質問者の視点から）

このように，QAで質問をするということは，発表者にとってプラスになるのはもちろんですが，質問者本人にとっても得るものは大きいのです。それに加え，QAは，発表者と質問者に加え，その場にいるその他大勢の聴衆にとっても得るものがあるようにしたいですね。決して，質問者が自分の学殖をひけらかしたりするような場ではありませんし，まして，QAで発表者をつるしあげたり，いじめるなどというのは論外です。

ところで，皆さんは「フィードバック・サンドウィッチ」という言葉を聞いたことがありますか？　これは，他人のプレゼンテーションにコメント（とくに厳しいコメント）をする際は，その前と後に，必ずpositiveなフィードバック（発表内容のよかった点や，発表者へのねぎらい，コメントする人からの励ましなど）をつけるべきだ，ということで，南山にいた頃，TESOL演習でネイティブの先生に何回も言われたことです。つまり，「栄養のある」批判なり，コメントを，ふかふかのパンではさみ，サンドウィッチみたいにしましょう，ということです。

学会発表は真剣勝負なので，QAの際には相手の発表内容の問題点だけをビシバシ指摘すべきだ，という人が，院生の人にもけっこういます。確かに，その考えには一理あります。業績稼ぎでなく，本気で発表準備を重ね，万全の態勢で発表に臨んだ人にとっては，表面的なお世辞よりは，発表内容の問題点を遠慮なく指摘してもらった方がはるかに自分のためになるのですから。しかし，いくら真剣勝負だといっても，QAは人間同士のやりとりなのですから，コメントの内容だけでなく，物腰や言い方，相手への配慮といった，いわば社会言語学的な側面を無視して，ただ手厳しいコメントをしているだけでは，いくらその指摘が的を射ていても，お互いに気持ちのいいものではありません。プライベートな場でやるのならともかく，学会発表という公共の場では，それなりのマナーもわきまえる必要があります。そのマナーの一つが「フィードバック・サンドウィッチ」です。最初に，発表内容のよかった点を述べ，次に，ここはこのような問題があるので，こうすれば良くなる，と建設的なコメントをし，最後に，発表者に感謝しｽり，励ましの言葉をかけたりする，という流れです。こうすれば，厳しい指摘をしながら，お互いに気持ちよくディスカッションすることができます。ある先生がおっしゃってましたが，本当に一流の研究者は，まず例外なく，手厳しい指摘だけでなく，良い点は惜しみなくほめ，発表者をやる気にさせることができる人だそうです。逆に言えば，発表を聴いていて，問題点だけでなく良い点にも気づくことのできる余裕があるからこそ，一流なのでしょう。

海外の学会の多くは，非常に手厳しいコメントや質問が続出する，国際学会レベルのものであっても，聴衆はもちろん，発表者でさえ目を輝かせ，はたから見ていると楽しそうでさえあります。一方，日本の学会では，QAの間，たいていの発表者は申し訳なさそうな顔をしているか，何を言われるんだろう，と不安な表情をしています。外国人の人が，よく「なんで日本の学会は雰囲気が暗いのか？」などと言いますが，もっともなことでしょう。

前置きが長くなりましたが，以下に，質問をする側の観点からみた，QAのマナーをいくつかお話しします。あなたの発表には直接関係ないかもしれませんが，いつの日か他人の発表にコメントをする機会もきっとあるでしょうから，参考になれば幸いです。

• 所属と氏名を最初にはっきりと言う→たとえ発表者が自分の友人であっても！　所属と氏名は，発表者はもとより，聴衆にとっても重要です。

• 些末なミステイクはいちいちQAで指摘しない→ハンドアウトの誤植などをQAで指摘する人がいますが，QAではもっとアカデミックな議論を展開すべきでしょう。同様に，発表の本質と直接関与しない方法論上の問題点（調査の信頼性など）をQAでつるしあげるのも疑問です。これらの点は，懇親会なり，休憩時間なりにこっそりと発表者に伝えればすむことで，大衆の面前で言って恥をかかせる必要性はありません。

• 謙虚な姿勢で質問しよう→相手の研究の問題点を指摘すること自体はいいんだけど，その際に鬼の首でもとったような態度をとる人がいるのは残念です。明らかに不備であることでも「指摘」でなく「質問」するつもりでいきましょうね。

  例）「もっぱらnegative politenessを中心に分析されているようですが，「断り」という発話行為ではpositive politenessもかなり大きな役割を果たすと思われます。Positive politenessの観点からの考察をされていましたら，教えていただきたく存じます」

  ※ 明らかにpositive politenessを念頭に置いていないことが分かる発表でも，このように「教えていただきたく…」と低姿勢でいけば，お互い気持ちがいいですね。

• 質問内容を明確に→まず質問内容を述べ，その後に補足すること（あれば）を述べます。

• 質問の前にpositive feedbackを→発表が終わった直後，発表者は自分の発表がどう受けとられたか，また質疑応答で何を言われるかで非常に不安な心理状態にあります。そんなとき，「興味深い発表でした」と（たとえお世辞でも）言われると，心理的にぐっと楽になります。一度でも発表をした人なら，この気持ち分かってくれるよね!?　私も，そういう心理状態を発表のたびに経験しているので，とくに院生の人の発表に質問する際は，必ず最初にねぎらいの言葉をかけるように努めています。とくに，手厳しいコメントをする前にpositiveな一言をつけると，相手の気分を損ねることもありません。会話分析でいう，softenerですね！

• 質問内容を厳選する→質疑応答の時間を独り占めしない！

• 複数の質問がある場合は，いくつ質問があるかを最初に明らかにする。 例）「2点質問があります。1つ目は…，もう一つは…」

• 質問の例・今までお話ししたことをふまえ，具体的な質問の仕方の例を挙げてみます。

  「愛知淑徳大学大学院の関山と申します（←氏名と所属を言う）。非常に興味深い発表を聴かせていただき，ありがとうございました（←Positive feedback）。2点お伺いしたいことがあります（←質問の数を明確に）。1点目は，「ジョーク」をどう定義するかということです。登場人物が声に出して笑った場面をすべて「ジョーク」とひとくくりにできるのだろうか，と考えたのですが，いかがでしょうか？（←質問を先に，自分の見解や補足事項を後に）

  2つ目ですが，「ジョーク」というものは，一言で言えば，談話の中ではどのような働きを持っているのでしょうか？　この分野に関してはあまり知識がないもので，初歩的なことをお伺いして恐縮でございますが（←謙虚な姿勢で），ご教示下されば幸いに思います。以上の2点でございます。」

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