3. 発表の準備

発表内容はもちろん，発表のしかたにも文句のつけようがない，100点満点の発表というのはどんなものでしょうか？　声が大きく，堂々としていて，原稿にふりまわされないで，聴衆に語りかけるような調子で話し，1分たりとも延長しないで時間通りに終わり，おまけに，意地の悪い質問をされても，冗談をもまじえながらてきぱき答える…こんな発表，私もしてみたいと思うのですが，以前に聴いた，ある院生の発表は，まさにこれに近いものでした。院生といっても，てっきり博士課程を修了した研究生レベルの，年季の入った大先輩の発表だと私は思いこみ，大御所の先生にあてたような感じでお礼と質問のe-mailを出したのですが，意外なことに，私よりも後輩で，しかも初めての学会発表だったということを知り，驚いたと同時に，その才能をうらやましく思ったものでした。聞いた話では，彼女は発表前に仲間の院生や指導教授の前で毎日のように練習し，何十回となく原稿を書き直し，前日はほとんど徹夜で準備をしたそうですが，時間をかけてとことん準備をすれば，初めてであってもベテランのようにみえるものです。

この章では，発表準備に関する様々なtipsをお話ししますが，「時間をかけて入念に準備する，ということに勝るtipsはない」ということは，常に頭に入れておきましょう。

3.1. 原稿（台本）

• 原稿を用意すべきか→これは，個人の好みもあるので何とも言えません（ちなみに，私は，英語発表を除き，原稿は作りません）。人前で話すことに慣れている人なら，原稿なしでも大丈夫だと思います。もちろん，その際でもアウトラインを書いたメモ程度のものは必要でしょう。ただ，英語発表の場合は，よほど英語に自信のある人を除いて，原稿は用意したほうがいいと思います。たとえ原稿を読み上げなくても，「お守り」として用意しておくことをおすすめします。いずれにしても，難しく考える必要はありません。「原稿がないと不安だなぁ」と少しでも感じれば，原稿を作ればいいし，いや，なくて大丈夫，と思えば，原稿なしでいい。私にとってはそれだけのことですが，実際は，「それだけのこと」ですまない場合もあるみたいです。聞いた話ですが，人前で話すことが得意で，経験も積んでいる院生が，原稿なしで学会発表をしたところ，司会者の先生から「若いうちは原稿をきちんと作って発表するものです」と言われたそうです。事の詳細は私も知りませんが，もし，その人の発表が，原稿がないために支離滅裂で，非常にわかりにくｩったためにこのような批判が出たのなら，素直に傾聴し，次回は原稿を用意すべきでしょう。そうではなく，「院生のうちから，原稿を作る時間を惜しんで横着するのは生意気だ。10年早い。」といった精神論的なものが根本にあるとすれば，問題です。私個人としては，分かりやすい発表でありさえすれば，原稿を作ろうが，「横着」しようが，本人の自由であると思います。はっきり言って，指導教授ならまだしも，司会者が個人の発表のスタイルにまで口をはさむというのは，発表者に大変失礼です。ですから，「そんなくだらない批判（とそれをする人）は無視すればいいじゃない！」と言いたいところですが，様々なしがらみもあるでしょうから，最終的には皆さん個人で判断してください。

• 棒読みはしない→学会発表は朗読コンテストではありません。原稿を棒読みされると，ペースが速くなってしまい，聴衆は発表内容を理解することができません。たとえ，もとになる論文が先にある場合でも，発表時には発表用の原稿を作りましょう（元の論文をそのまま読まない！）。原稿を用意する場合でも，事前に何回も練習をし，原稿の字面に頼らなくてもある程度できるようにしておきましょう。

• 原稿を用意するなら，「である」体で書く→棒読みがいけないのは分かっているけど，原稿が目の前にあると，どうしてもそれを機械的に読み上げてしまう，かといって，まったく原稿なしでやるのは不安だなぁ，と思っている人は多いと思います。私のおすすめは，原稿をすべて「である」体で書く，つまり，発表時の文体と違った文体で原稿を書くということです。そうすれば，原稿が目の前にあってもそのまま読めないので，ある程度は自分の言葉で話さざるをえなくなります。ただ，いきなりこの方法でやると，しどろもどろになってしまう危険もありますので，ランスルーの際などに何回か練習を積んでおくといいでしょう。この方法に慣れると，原稿を用意しているとは思えないぐらいの自然な調子で読めるようになりますし，むしろ，原稿を用意しない発表よりもわかりやすく話すことができます。というのは，原稿を用意しないとどうしても同じことをくり返したり，冗長になったり，無用なfillerが多くなってしまったりして，よほど経験を積んでいないとなかなかうまく話せないのです。

• 原稿はダブルスペース相当で→行間が狭いと，普通に読むときは問題なくても，発表原稿としては非常に見にくくなります。ページ数は倍になりますが，ダブルスペース（一行ずつあける）にしておくと見やすいと思います。行間だけでなく，文字の大きさ（ポイント数）も，普通の文書を書くときよりは大きめ（14ポイントぐらい）にしましょう。行間が詰まっていたり，文字が小さいと，途中でどこまで話したか分からなくなる可能性が大きいのです。また，バラバラになっても対処できるように，ページ番号を右上などに大きく書いておくと便利です。ちなみに，このマニュアルの本文は12ポイント，主見出し（「発表の準備」など）は14ポイントです。

• 原稿はクリップでとめる→好みの問題ですが，ホチキスを使わないで，クリップでとめておくと，発表本番のときに1枚1枚バラバラにすることができます。ホチキスだと，ばらせないので，1枚ずつめくる必要があります。枚数が多いと，ページが勝手にめくれてしまったりして不便です。

• 英語原稿の場合でも，各章・節のタイトルは日本語で書く→緊張していても目に入ってきやすいのでおすすめ（「イントロダクション」「先行研究」「方法論」「結果」「考察」のように…）。

• 重要度に応じて色分けをする→原稿を用意する発表の場合，時間の融通が利かない場合が多いです。そのため，時間がなくなったらカットしてもよい部分，ここだけはどうしても言わないといけない部分，時間に余裕があれば追加したい部分，などに分け，蛍光ペンなどで色分けしておきましょう。そうすれば，時間が足らなくなって尻切れとんぼになることがありません。

• 原稿に手書きで加除修正をしない→発表時にはどこをどう直したか分からなくなります。発表当日家を出るときに，今まで行った加除修正の個所を含め，すべてワープロ打ちした原稿を印刷し，それを持参するようにしましょう。手書きの加除修正は，やむを得ない場合（ホテル等で緊急に気づいた箇所など）のみとしましょう。

3.2. ハンドアウト

ハンドアウトは，言うまでもなく，発表中に参照することによって，聴衆が発表を理解しやすくするのが目的ですが，発表以外の場でも使われることがあります。たとえば，聴衆が発表後に読み返したり，あるいは，発表に参加しなかった人が，ハンドアウトを通してその発表の内容を把握したりということはよくあるでしょう。したがって，発表者の人たちは，発表以外の場でもハンドアウトが見られるということを念頭に置き，それに十分耐えうる内容のものを作る必要があるのではないでしょうか。

よく，発表の冒頭に「直前にあわててハンドアウトを作ったので，分かりにくいですが…」などと言い訳をする人がいますが，非常にみっともないことです。ハンドアウトの内容は発表そのものの巧拙と同じぐらい重要であると言えるでしょう。実際，発表の場にいなかった人の多くは，ハンドアウトだけを見てその発表を評価するのですから…。

ハンドアウトには色々なスタイルがありますが，ここでは「アウトライン型」「詳細型」の大きく2つに分けて，それぞれの特色を簡単にお話しします。もちろん，ハンドアウトは各研究者の腕の見せ所であり，それぞれの個性が出るものです。私自身のノウハウはありますが，それをここで事細かに紹介すると，私の色に染まったハンドアウトができあがってしまいます。ですから，ここでは必要最低限ふまえるべきポイントのみをお話ししますので，あとは，皆さん自身で，先輩のハンドアウトを見せてもらったりしながら研究してみてください。最初のうちはありきたりなものしか作れないでしょうが，発表を重ねていくうちに，誰にも真似できない，あなただけのハンドアウトができあがります。

3.2.1. ハンドアウトのスタイル (1) −アウトライン型−

発表の流れに沿ってポイントだけを箇条書きのような感じで並べたものです。発表で言及する例文や会話例などは盛り込まれていますが，あくまでも発表内容を補完するという意味あいが強いです。そのため，発表を聴かないでハンドアウトだけ見てもよく分からない場合があります。

本来は，講演など，その場限りの発表のハンドアウトなどでよく用いられる形式ですが，日本での学会発表のハンドアウト（予稿集がないもの）の多くはこの形式です。簡単に作れるというのもその原因でしょう。

メリット

• 発表を真剣に聴いてもらえる→必要最低限の情報しか書いていないので，発表を理解しようと思えば，聴衆は発表自体に耳を傾ける必要があります。

• 手間がかからない→その気になれば発表前日にでも作れます。

• 後にあまり残らないので気が楽→文字情報が少ないので，発表に参加していない人は，ハンドアウトから発表の内容やレベルを判断しにくいのです（メリットなのか??）。

デメリット

• 聴衆の負担が大きい→発表中話を聞きながら，かなりメモをとっておかないと，後で読み返しても発表内容が理解できません。 発表に参加しなかった人がハンドアウトだけを見ても概要をつかめない→そのため，大成功を収めた発表で，参加者以外にもその内容をぜひ伝えたい，というときに非常に困ります（笑）

• 発表者にとっても，後日，自分の発表をハンドアウトから思い出すことがしにくい→テープにでもとらない限り，せっかく準備した発表の印象が残らなくなります。

3.2.2. ハンドアウトのスタイル (2) −詳細型−

ハンドアウト自体が一つの作品とも言えるぐらいに，詳細かつ入念に作られたものです。一流学会でよく見かける予稿集などは，その最たるものです。これ自体が要点をかいつまんだ論文のようなものなので，発表の場にいない人が見ても発表内容が理解できます。当然，作成には時間もかかります。すでに書いた論文をもとにして発表する人なら比較的作りやすいのですが，それでも加除修正にかなりの手間を要します。まして，とりあえず発表して，後日それをふくらませて論文化するという人にとっては，「詳細型」のハンドアウトを作ること自体が論文執筆と同じぐらいの労力を要します。しかし，いったん作ってしまえば，あとで論文化する際の手間が非常に省けるのも事実です。

メリット

• 聴衆にとって得るものが多い→発表を聴いていない人でも，ハンドアウトを読むだけで発表内容が大方はつかめます。そのため，多くの人に自分の発表内容を知ってもらえます。

• ハンドアウトを作ること自体が発表内容の準備につながる→詳細なハンドアウトを作る際は，どうしても実際の発表を思い描きながらまとめなければなりません。ですから，ハンドアウトが完成するころには，別に発表原稿を用意しなくても発表できるほど内容が練りあがっているはずです。しかも，発表原稿と違い，ハンドアウトは密度が濃いので，あとあと論文化する際にも重宝します。

• しっかりとしたハンドアウトが残る→発表者にとっては，ハンドアウトを読み返すだけで「発表したぞ」という気分になります(^^)。また，完成度の高いハンドアウトは参加者への最高の「おみやげ」にもなります。

デメリット

• 時間がかかる→下手すれば短い論文1本書くのと同じくらいの時間がかかります。時間をかけてもしょせんはハンドアウトなので，論文と違ってそれだけでは業績になりません。

• 発表を聴いてもらえない→発表の場にいなくても発表内容が把握できるというメリットが，裏目に出ます。音声情報より文字情報のほうが分かりやすいのは当たり前なので，聴衆はどうしても発表中にハンドアウトに目がいってしまい，話を聴くのがお留守になりがちです。これを防ぐ方法として，発表中に，ハンドアウトに書いていないことも言及するという手があります。

• 後に残る→発表は論文と違い，後に形として残らないという特徴があるので，中間段階の研究でも発表しやすいのですが，ハンドアウトを詳細に作ってしまうと後に残るので，後日読み返して赤面することもあります。

3.2.3. ハンドアウトのスタイル (3) −アウトライン型＋詳細型−

私のおすすめは，アウトライン型と詳細型をミックスしたものです。すなわち，発表のコアになる部分（研究の目的，考察，結論など）は，たとえ発表に参加しなかった人でも理解できるように「詳細型」で書き，それ以外の部分はアウトライン型にするというものです。たとえば，方法論や結果などは図表などで提示すれば伝わるので，文章は簡単にすますことができます。先行研究や今後の課題なども，箇条書きで十分伝わります。イントロは，私は普通「詳細型」で書きますが，アウトライン型でもいいかもしれません。

もっとも，何を細かく書いて，何を要点だけ書くかというのは厳密なきまりはありません。皆さん個人で考えてみましょう。

3.2.4. ハンドアウト作成に関するTips

• ハンドアウトに盛り込むべき情報→ハンドアウトには，発表者氏名，所属，発表年月日，会場，といった情報は最低限盛り込む必要があります。それ以外にも，最近のインターネットの普及に伴い，メールアドレスやURL（WWWページのアドレス）をのせる人も増えてきました。つぎにお話しします。

• 最近では，氏名と一緒にメールアドレスも載せるのが一般的→ハンドアウトの発表者名のところにメールアドレスを併記しておくと，聴衆が発表者とコンタクトをとる際に便利です。もちろん，メールアドレスは飾りではありません。アドレスを載せる以上，メールは定期的に（最低でも毎日1回は）チェックしましょう。メールアドレスを持っていても，定期的にメールをチェックしていないなら載せないほうがましです。

• メールアドレスとプライバシー→学会発表の話から少し脱線しますが，ハンドアウトにメールアドレスをのせると，悪用されたりプライバシーが侵害されるのではないか，と心配する人もいます。ネットストーカー等の犯罪が大々的に報道されているのも一因でしょう。気持ちは分かりますが，実際のところは，学会関係者にメールアドレスを公表するぐらいなら，まず大丈夫です。安心してください。メールアドレスは，住所や電話番号等の個人情報にくらべれば，はるかに安全です。メールアドレスだけで実際の居住地を特定することは困難ですし，仮に真夜中に迷惑メールを受信しても，電話と異なり，たたき起こされることはありません。ネットストーカーのターゲットになる人は，自分のウェブページに大きな顔写真や住所，ひどい人は電話番号までも載せたり，詳細な日記をページで公開したりといった人がほとんどです。私も，ハンドアウトにメールアドレスを掲載することはもちろん，個人のウェブページ上で，論文や過去の発表資料等を公開していますが，それによって不快な，あるいは，危険な思いをしたことは一度もありません。むしろ，メールでのコンタクトをきっかけに，一度も会ったことのない海外の研究者と情報交換ができたりといった，利点のほうが大きいと思います。

• ウェブページ（ホームページ）を公開している人は，URLを載せるという手も→国内の学会ではまだ浸透していませんが，国際学会のハンドアウトではよく見られます。ただし，あくまでも研究に関連したコンテンツが自分のウェブページに入っている場合の話です。私的な（趣味などの）内容しかないページなら，URLを載せる意味はありません。

• ハンドアウトは発表言語と同じ言語で書く→もとの論文が英語でも，発表言語が日本語ならハンドアウトも日本語で書きましょう。発表言語とハンドアウトの言語が異なれば，聴衆は無意識のうちに翻訳作業を強いられます。その結果，発表を聴くのがおろそかになり，内容が理解しにくくなります。もっとも，発表言語に関係なく，特に大きな学会で発表する際は，ハンドアウトは英語で書くという人もいます。英語母語話者の便を図ってのことだそうですが，これにも一理あります。

• 参考文献を充実させよう→ハンドアウトには，発表中に言及した文献や，ハンドアウト自体に引用した文献を「参考文献」として載せますが，私の場合，とくに学会のほうで規定がなければ，引用や言及しない文献でも，重要なものはサービスとして載せておくようにしています。とくに，概説的な論文や文献紹介，研究動向をまとめたような論文は，たとえ発表中に言及しなくても参考文献に入れておくと，専門外の人で自分の発表に関心を持たれた人が，さらに深く知るための道しるべとして重宝するでしょう。あるいは，私の場合，YLCセミナーや白馬のように，インフォーマルで，研究者以外（学部学生など）の参加者が多い学会の場合は，思いきって，学部学生向けのSuggested Readingsのリストを参考文献とは別につくって，和書の概説書や一般書（新書など）も載せるようにしています（たとえば，politenessがらみの発表なら，脇山　怜 著「英語表現のトレーニング」（講談社現代新書）など）。これには賛否両論あるでしょうが，どっちみち口頭発表が後に残らず，業績にあまりならないのなら，このような「プラスα」をしたところで，それほど問題にもならないと解釈しています。問題ないどころか，中には発表が終わってしばらくしてから，学部の学生の人から「ハンドアウトに書いてあった本を読んで，社会言語学に興味を持ちました。卒論でもpolitenessを扱おうと思います」などと手紙をいただくこともあり，とても嬉しくなります。

• 校正を念入りに！→ハンドアウトに限らず，発表原稿や論文にも言えることですが，完成したら，必ず全文を最低1回はゆっくりと声に出して読んでみましょう。目で見て気づかない誤植でも，耳で聞くとはっきりすることは，よくあります。最近では，テキストファイルを合成音声で読みあげてくれるソフトが非常に安く手に入りますが，これも校正の際には非常に有用です。ワープロの普及により，手書きでは起こりえないような誤字，脱字が増えています。その他，テニヲハのミスや，スペルミス（誤字），文章のつながりのおかしいところなどは，黙読するだけではなかなか気づかないものです。要は内容，そんな些細なことは気にしなくても…と正直なところ，私も思うのですが，ハンドアウトの誤字等でその発表全体を評価してしまう人もいますので，用心するにこしたことはないです。

• フィードバックシートの効用→大規模な学会は別として，支部大会，研究会レベルで，参加者の関心分野が比較的限定されている場合，フィードバックシートを用意して，質問事項，コメントなどを書いてもらうと大変役立ちます。私も，研究会レベルの学会では必ずコメントシートを配布するようにしています。これによって，質疑応答では時間がなくて質問できなかった人からもコメントをいただけますし，記録として残るので，発表を後日振り返る際にも役立ちます。シートの内容は皆さんが自由に考えればいいのですが，私の場合は，最初に発表全体の評価，プレゼンテーションのしかた，ハンドアウトの内容…など数項目を5段階で評価してもらい，残り半分ぐらいを白紙にして，質問，感想，ご意見などをお書きください，というようにしています。記入者の氏名と所属，メールアドレスも（差し障りなければ）書いていただき，後日コンタクトをとりやすいようにもしています。

• フィードバックシートに関する注意点→シートの記入，提出は参加者の自由であり，決して強制すべきものではありません。そのため，高い回収率を期待しないほうがいいです。私の経験では，50人聴衆がいたとすれば，その中で10人出してくれれば上等という感じです。もちろん，学会の性質や雰囲気によっても回収率は大きく変わってきます（一般的に，自分の専門に近い人が多い学会では回収率がよくなります）。

• 聴衆の人数を予想し，十分な部数のハンドアウトを用意する→講演やシンポジウムなど，学会から依頼されて行う発表を除き，ハンドアウトは，発表者の側で必要部数準備しなくてはなりません。何部準備すればいいの？　なんてことを初めて発表する人からよく聞かれるのですが，学会の規模や開催地，自分の発表と並行して行われるセッションの数や，発表内容によって聴衆の人数は大きく変わってくるので，何とも言えません。過去にその学会に参加したことのある先輩や先生などにきいてみれば，大体の予想はたてられるでしょうが，私の経験では次のような感じです。並行して行われるセッションが少ない全国大会（JASSなど）なら150〜200部，JACETやJALTのように，発表者数が多い全国大会なら50〜70部ぐらい，支部大会，研究会などの小規模な学会なら50部前後というのが大体の目安です。もっとも，発表の時間帯（朝早くや午後遅くは少なくなる）や日程（初日の開会式直後や，最終日の午後などは少なくなる）などによって人数は大きく変わりますので，予想よりも多めに準備しておくと安心です。荷物になるけど，学会へ行く前に人数分のコピーを済ませておきましょう。会場へ着いてからのコピーはあわただしいですし，無用なトラブル（コピー機に原稿を置き忘れたりなど）のもとになります。通常学会は週末に開かれるので，学内の生協等のコピー機もまず使えません。コンビニのコピー機は概して遅いですし，台数も少ないので，長時間占拠するとひんしゅくを買います。

3.3. ランスルー（リハーサル）

とくに初めての発表の場合は，友人等の前で，何回も練習をしておくと安心です。質疑応答のところでもお話ししますが，発表だけでなく，質疑応答も友人同士でシミュレーションしておくと完璧ですね。

• ランスルーは専門の違う人も交えるとよい→できれば，自分の発表内容をあまり知らないという友人にも見てもらいましょう。専門でやっている人にとっては百も承知のこと（専門用語など）でも，少し分野が違うだけでうまく伝わらない場合があります。たとえば，私たち（会話分析に携わっている人たち）は，「フレーム（フレーミング）」という用語を何の気なしに使いますが，これなどは簡単に定義をしておかないと，専門外の人には分かりません。

• 時間をきちんと計る→時間オーバーは心理的にもよくありません。必ず制限時間内で終わらせるように練習しましょう。延長は言うまでもありませんが，あまり早く終わるのも問題です。とくに，緊張していると早口になってしまうため，制限よりも大幅に早く終わってしまうことがあります。練習の際に，制限時間±1分ぐらいを目標に，ペースをつかんでおきましょう。。慣れないうちは，全体の所要時間に加え，区切りごとの「到着予定時間」も計り，原稿に書いておくことをおすすめします。イントロが終わると1分40秒，先行研究の問題点まで終えると6分15秒，のように…。そうすれば，発表中に今のペースが速いのか遅いのかがだいたい分かるので，うまく調整することができます。面倒くさいでしょうが，数回発表すれば，カンでタイミングがつかめるので，それまではこれぐらい準備をしておくと安心ですね。

• 時間配分→大半の学会では，「発表20分・QA10分」のように，発表とQAが分けてあっても，実際の時間配分は発表者にゆだねてくれるところが多いです。ですから，発表20分となっていても，24, 5分までずれこむのは，通常は許容範囲でしょう。もっとも，中にはJASSのように時間配分にまで厳しい学会もあります。QAを充実させる意味では歓迎すべきでしょうが，発表者にとっては，QAは苦手だから極力短くしよう，という「作戦」が使えないので，手放しでは喜べない!?

• ランスルーは本番さながらに行う→発表者の性格にもよりますが，とくにあがり性の人は，なるべく本番と同じような状況でランスルーをしておくと効果的です。後でお話ししますが，大きな学会では，タイムキーパー（計時係）がいて，制限時間をベルで知らせてくれます。発表終了の5分前にベルを1回，終了時に2回，というのが一般的ですが，このベルはかなり威圧感があるようで，鳴らされただけで動揺してしまう発表者が少なからずいます。不安な人は，ランスルーの際も，友人や先輩にタイムキーパーになってもらって，実際にベルも鳴らしてもらうといいでしょう。事務所などの受付にある呼び鈴が最適ですが，自転車のベルなどでも代用できます。いざとなれば，水を入れたワイングラスでもベルのような音は出ます（笑）

• 「なくて七癖」→自分が話すときの無意識なくせを知っておきましょう（とくに原稿を用意しない人は）。「えーと」「あのー」などのfillerを多用したり，過度な咳払いも聞き苦しいです。ランスルーのとき，自分の発表をテープにとって聴いてみましょう。

• ランスルーは，必ずテープに録音する→ランスルーだけでなく，本番の発表もテープに録音しておくようにしましょう。後でふり返るときに便利です。その際，人間の声の周波数帯を強調して録音する，フラットマイクのついている小型のテープレコーダー（ソニーなどから出ています。安いものは数千円で買えます）を使うと，きれいに録音できます。

• 発表内容の問題点や限界を把握しておく→完全な研究なんてありません。まして，口頭発表の場合，現在進行中の研究を発表することも多いので，なおさらです。ですから，QAなどで，あなたの研究の問題点や限界を指摘されるのは決して恥ずかしいことではありませんが，その際，あなた自身が問題点を自覚しているか否かで聴衆の評価は大きく変わってきます。ランスルーの際に友人や先輩の院生と合評会を開き，あなたの研究の不十分な点を指摘してもらい，ハンドアウトの「今後の課題」などにあらかじめ書いておくといいでしょう。たとえQAで不十分な点を指摘されても，あなた自身がそれを自覚していれば，うまく対処することができますね。

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