私たち院生は，まだ「研究」の世界に入ったばかりです。見るものすべてが珍しく，論文や専門書を読むたびに，新しい発見と驚き，喜びの連続のはずです。そんな院生が自分の研究を学会で発表すれば，発表自体から，院生の純粋な気持ちが自然にわき上がり，観客にとってもゾクゾクするような発表になるはｸです。しかしながら，日本の学会発表の多くはつまらない，それも，「つまらない発表」の代表が院生の発表である，というのもよく言われることです。なぜでしょうか？ つまらないというのは，研究内容の問題ではありません。教員顔負けの素晴らしい内容であっても，つまらないものはつまらない。逆に，まだまだ未成熟なパイロットスタディー的発表でも，面白いものは面白い。どうも，この原因を考えてみると，日本の学会は，単なる業績稼ぎの場，あるいは，自分の顔を売る場，というイメージが強く，かんじんの発表自体に力が入らないというせいもあるでしょう。学会発表は，自分の研究を仲間の研究者たちに披露する「ショー」です。「ショー」である以上，観客に何らかの刺激を与えるものであるべきです。決して論文の朗読コンテストではありません。
このマニュアルは，私の学会発表が，大学院進学以来10回に達したささやかな記念(?)として，過去の発表経験をもとに，とくにはじめて学会発表をする院生の皆さんを対象に書き下ろしたものです。学会という独特の環境で発表するというのは，誰でも緊張します。私も，高校や塾などで教え，人前で話すことは慣れているはずなのに，やはり学会で話すときは緊張します。しかし，回を重ねるにつれて，自分なりに様々なノウハウを得たこともあり，最近では自分が発表しない学会へ行くと，何となく物足りない気持ちがするようにまでなってきました。
このマニュアルの内容は，すべて，私自身の過去10回の学会発表で得た経験をもとにしてあります。その中には，当然大成功だったものもあれば，ぶざまだったものもあるのですが，ここに書いてあることは，それらの発表の失敗や成功から得たものばかりです（失敗のほうが多いのですが…）。ですから，市販されているプレゼンテーション技術の本などと相反することもあるでしょうし，その手の本にはほとんど書いていないこと（ハンドアウトの作り方，発表のはじめ方，QAでの質問のしかた，答え方のモデルなど）もあります。中には，幼稚園の子供に言うような，皆さんには大変失礼なアドバイス（発表前にトイレに行こう，など）もありますが，これらはすべて私の苦い経験から得たものだ，ということをご理解下さい。本文中であげた例の中には，友人，知人の皆さんﾌ素晴らしい発表から得たものもかなり含まれています。いちいちお名前をあげませんが，感謝申し上げます。専門の都合上，このマニュアルで紹介した例などは，社会言語学，会話分析関連のものが多いのですが，全体的な内容は，他分野を専攻する皆さんにも十分お役にたてるものと確信しています。
確かに，発表はつらいこともたくさんあります。でも，発表を終えて，懇親会で食べる食事やビールのおいしさは格別！ そして，発表者というだけで，たくさんの友達や知り合いができます。何と言っても，学会は発表者が主役なのですから！ そんな醍醐味を，一人でも多くの院生の皆さんと分かち合いたい，と願っています。
どうか，このマニュアルの内容が，あなたの初めての研究発表に役立つことを願っています。そして，私の色が出（すぎ？）ているこのマニュアルの内容から早く脱皮して，あなた独自の発表スタイルを確立してください。その際は，あなた自身の得たノウハウを，私にも教えてくださいね。さっそくこのマニュアルにも追加します。なお，この発表マニュアルに関するご意見，ご感想，ご質問等は，お気軽に，メールにてお寄せ下さい。実際に研究発表をされた方からのノウハウや，はじめて発表をされる方からの素朴な疑問等，どんな小さなことでもお待ちしております。末筆で恐縮ですが，暫定版をお読み下さり，直接，あるいはインターネットを通して数々の貴重なコメントを下さった皆様に，心から感謝申しあげます。
(C) Kenji Sekiyama, 1999. All Rights Reserved.