日本語の「慰め・激励」表現にみられるPoliteness Strategy*
―話者の性別と社会変数による影響―
関山 健治
1. はじめに本稿では,「慰め・激励」という発話行為に焦点をあて,そこにみられる敬語行動(politeness strategy)を検証する。特に,従来の研究で見過ごされがちであった,男女間でのpoliteness strategyの比較を試みる。「慰め」「激励」という発話行為は,それぞれが独立しているため,意味論的には分けて考えるべきであるという見方もあろう。しかしながら,実際の発話において,これらを明確に弁別することはきわめて困難であるため,本研究においては,「慰め・激励」を「何らかの困難や苦労に直面している者に対し,その困難や苦労を癒したり,克服する手助けをすることを目的とした発話行為」と定義し,一括して論じる。2. 先行研究と理論的枠組み2-1 Politeness StrategyとFaceBrown and Levinson (1987: 61)は敬語行動を面子(face)の概念を用いて説明している。面子は,大別して,他人からよく思われたいという積極的面子(positive face)と,他人から侵害されないで,自分の思うままに行動したいという消極的面子(negative face)の2種類がある。
言語行動において,話者はこれらのfaceを脅かす行為(face-threatening act: FTA)を回避したり,面子を脅かす度合いを軽減するために,様々な心配りを行う。この心配りがpolitenessであり,積極的面子を守るためのpositive politenessと消極的面子を守るためのnegative politenessの2種類に大別される。慰め・激励という発話行為で考えてみると,「困難や苦労に直面している人に対して,力になりたい」という欲求から,何らかの発話行為を行うことがpositive politenessに該当する。その一方で,いたずらに声をかけて相手の気分を逆なでするよりも,相手の気持ちが落ち着くまで何も言わずにそっとしておきたいという気持ちもあろう。このような,発話自体を抑える行動は,negative politenessに基づくものであると考えることができる。このように,慰め・激励という発話行為は,positive politenessとnegative politenessが複雑に交錯しており,話者は,これらをどうバランスよく使い分けるかが要求される。したがって,従来盛んに研究がなされてきた他のFTA以上に相手のfaceを冒す危険の高い発話行為であると考えられる。2-2 Politeness strategyに影響を及ぼす社会的な要因2.1で,FTAを軽減,回避するための様々な心配りがpoliteness strategyであることを述べた。しかし,一口にFTAと言っても,その度合いは様々であり,それに応じて実際にとられるpoliteness strategyの内容も変わってくる。相手のfaceを脅かす度合いは,主に,自分と相手との年齢差や性格,健康状態,会話の話題といった,パラ言語的な要因によって決定される。このような要因は無数に考えられるが,井出 他 (1986) は,言語行動に最も大きな影響を及ぼす社会変数として,表 1のような例をあげている。これらの変数は,それぞれが独立しており,変数値の総和が大きいほど,相手のfaceを脅かす度合いも高くなると言える。本研究においては,これらの社会変数のうち,自分と相手との心理的な距離 (Psychological Distance: PD)と,場面の改まり(深刻さ)の度合い (Severity: SV) を考慮に入れて論じる。
自分と相手との社会的な距離(地位,力関係,年齢) |
自分と相手との心理的な距離(親疎,好き嫌い) |
場面や話題の改まりの度合い |
相手への負担度 |
表1: 社会変数の例 (井出1986より)
2-3 本研究の枠組み
本研究では,慰め・激励の発話行為に見られるpoliteness strategyに関して,発話の量に着目することによって,主にnegative politenessの側面から論じる。慰め,激励という発話行為もFTAの一つであると考えるのならば,PDやSVといった社会変数が大きくなれば,相手のfaceを威嚇する危険がより高まるので,慰めや激励の発話自体を抑えるようになると考えられる。これは,以下の仮説としてまとめられる。
SV |
場 面 |
|
1 |
+ |
ゼミの発表で激しく批判された。 |
2 |
− |
約 2000円入った財布をすられた。 |
3 |
− |
全速力で走ったが,タッチの差で電車に乗り遅れた。 |
4 |
+ |
父親が急に亡くなった。 |
5 |
− |
隣家の飼い犬が無駄吠えし,寝られなかった。 |
6 |
+ |
長年交際していた彼氏(彼女)と別れた。 |
番号 |
ストラテジー名 |
機能 |
I |
共感する / 認める |
相手の困難や苦労に同情したり,相手を認める。 |
「大変だったんだねぇ」 「一所懸命努力していたと私は思うよ」 |
||
II |
周囲に目を向け,安心させる |
当事者以上に苦しんでいる者の例をあげることによって,当事者の苦しみを相対的に和らげる。 |
「私の時はもっとひどいこと言われたよ」 「 2000円だけでよかったじゃない。私なんか定期やカードの入った財布を盗られたんだから」 |
||
III |
忠告する |
客観的なコメントや注意を与える。 |
「今度はもう少し早く家を出た方がいいよ」 「財布はカバンに入れておけば,すられないよ」 |
||
IV |
元気づける |
相手の感情に訴える内容で,励ます。 |
「気持ちを入れかえて頑張ろうよ」 「すぐ素敵な男に出会えるよ」 |
||
V |
手助けを申し出る |
相手に協力する旨を表明する。 |
「もし私でよければ話聞くよ。」 「お家の方,大変だったら手伝うわよ」 |
||
VI |
慰め以外の発話 |
(話題を変える,冗談にするなど) |
「あんた授業中でも熟睡できるのに,犬の鳴き声ぐらいで寝られないの?」 |
表3: ストラテジーの種類,機能(上段)と回答例(下段)
4. 結果と考察
4-1 慰めの発話にみられる量的な特徴はじめに,ストラテジーの出現数の合計を男女別に見ていく。表 4は,各ストラテジーの出現数の合計を,社会変数の大小を無視して示したものである。全体的なストラテジーの出現度をみてみると,女性のほうが,男性よりも多くのストラテジーを用いる傾向がみられた。これは,後述するように,男女間での発話量に大きな差が見られることを示唆している。男女間で比較してみると,話者が男性の場合は,冗談にしたり,話題を変えたりといった,直接的に慰め・激励とは結びつかない発話が最も多いのに対し,女性は,共感・認める,元気づけるといった,相手を気遣う発話が多くみられた。この結果からも,男性の場合は,慰めや激励の発話が期待される場面においても,敢えてそのようなことに触れず,話題をそらしたり,冗談にしたりすることによって,その場の雰囲気を明るくし,相手の自然な回復を期待する,いわば「突き放し型」の発話スタイルを持っていると言えよう。一方,話者が女性の場合は,「共感する,認める」や「元気づける」というストラテジーの出現度が圧倒的に高いことから考えても,慰め・激励の対象となる事柄に対して言及し,相手とともに苦しみ,考えることによって相手への理解を示す,「寄り添い型」のアプローチをとる傾向が強いことがうかがえる。
ストラテジー |
I |
II |
III |
IV |
V |
VI |
言わない |
|
性別 |
男 |
95 |
38 |
70 |
72 |
4 |
157 |
64 |
女 |
219 |
64 |
84 |
125 |
73 |
110 |
38 |
|
合計出現数 |
314 |
102 |
154 |
197 |
77 |
267 |
102 |
表4:ストラテジー別の出現数
4-2 社会変数が及ぼす影響次に,社会変数による影響を見ていく。表 5は各ストラテジーの,社会変数の大小による出現数の差をPD, SVの別に示したものである。この数値の大きい項目は,各変数による影響が顕著であると言うことができる。図1は,傾向をより明確に表すため,縦軸にSVによる出現差,横軸にPDによる出現差をとり,各ストラテジーの分布を図式化したものである。白い玉が男性,黒い玉が女性のストラテジーを表し,玉の大きさは,出現数の多寡を表している。はじめに,話者が男性の場合を見てみたい。図1を見ると,各ストラテジーの要素の分布が男性の場合は縦長になっていることが分かる。すなわち,グラフの縦軸となっているSVの影響を受けやすいということが,ここからも明らかである。一方,話者が女性の場合は,要素が横に長く分布していることからも明らかなように,PDによる影響が大きいと言えよう。この結果からも,慰めや激励を行う際の,社会変数への関心の向け方が,男女間で大きな違いのあることがうかがえる。話者が男性の場合は,SV,すなわち,慰めという発話行為の生じる状況に目を向け,それに応じてストラテジーを使い分ける,いわば「事実重視型」の慰め,激励を好んで用いる傾向が見られる。一方,女性の場合は,男性とは異なり,PD,すなわち,自分と慰める相手との親疎関係を見きわめ,それに応じて適切なストラテジーを選択するという,「対人重視型」の発話スタイルを持っていると言えよう。
性別 |
I |
II |
III |
IV |
V |
VI |
言わない |
|
男 |
PD間の差 |
19 |
20 |
10 |
2 |
2 |
1 |
18 |
SV間の差 |
1 |
22 |
26 |
60 |
4 |
33 |
26 |
|
女 |
PD間の差 |
19 |
4 |
10 |
33 |
43 |
16 |
30 |
SV間の差 |
21 |
30 |
28 |
31 |
25 |
20 |
20 |
表5: 社会変数の大小による出現率の差
4-3 発話量の差異最後に,社会変数と平均発話量の関係を見ていく。表 6は,社会変数と平均発話量の関係を,男女別に一覧したものである。2.3でたてた仮説をもとに考えれば,PD+かつSV+の場面が最も発話量が多く,逆にPD-かつSV-の場面では最も発話量が少なくなると言えよう。話者が男性の場合,4種類の社会変数の組み合わせすべてに対して,この仮説を支持する結果が得られた。一方,話者が女性の場合は,部分的に,仮説とは異なる結果となった。女性の場合,PD, SVが両方とも高い場面の発話量は4つの変数の組み合わせの中で最も少なく,これは,男性の場合と同様,仮説が支持されている。しかしながら,PDが低い,すなわち,自分と非常に親しい相手に対する慰め,激励の場合は,SVが大きい場面のほうの発話量が多く,仮説に反する結果となった。このような結果となった原因として,negative politenessに焦点をあてた分析を行ったことが考えられる。先にも述べたように,慰め,激励というFTAは,相手を気遣い,そっとしておくというnegative politenessに加え,自分から積極的に相手の力になったり,話を聞いたり,勇気づけたりといった内容の発話を行うことにより,positive politenessを表明する可能性も十分考えられるからである。これに関しては,調査方法の再検討を含め,今後さらに考察する必要があろう。また,PD, SVのどちらか一方が大きい場合,すなわち,[PD+かつSV-], [PD-かつSV+]の2種類の場面では,社会変数の総和は互いに同一であるため,仮説をもとにすれば,どちらの場面においても発話量はほぼ同じになるはずである。しかしながら,表 6からも明らかなように,両者の発話量は男女を問わず,かなりばらつきがあり,この点をふまえても,仮説が完全に支持されたとは言えない。これらの結果からも明らかなように,慰め,激励といった,crucialなFTAにおいては,各社会変数がpoliteness strategyに及ぼす影響は均一なものではなく,変数によって大きな差があるといえよう。先にふれた,話者が女性の場合に仮説と反する結果になったことからしても,慰め,激励を行う際には,場面の深刻さ(SV)よりも,相手との人間関係(PD)を強く意識する傾向が強いのではないかと考えられる。
性別 |
変数 |
PD |
||
− |
+ |
|||
男 |
SV |
− |
1.20 |
0.96 |
+ |
1.11 |
0.88 |
||
女 |
− |
1.73 |
1.49 |
|
+ |
1.89 |
1.32 |
表6: 社会変数と発話量
5. 結論
本論では,日本語における慰め表現を扱った。その結果,「慰め」という発話行為においても,他の発話行為と同様に,相手との心理的距離や場面の改まり方の度合いといった変数が,発話量を抑えるというpoliteness strategyに少なからず影響を及ぼすことが明らかになった。また,「突き放し型」―「寄り添い型」,「事実重視型」−「対人重視型」の違いからも明らかなように,話者の性別によって,慰める際のストラテジーも大きく変わってくることも浮き彫りとなった。Brown and Levinson (1987) は,politeness strategyは言語や話者の性別によらず,普遍的なものであるとしている。すなわち,社会変数の影響が同じである場面においては,話者の性別に関わらず,丁寧度は同じであると考えられる。しかしながら,本研究からも明らかなように,そのストラテジーには男女間で大きな相違が見られ,また,社会変数もそれぞれが対等な影響力を持っているという前提で論じるのではなく,ある特定の発話行為に与える影響が,比較的大きなものとそうでないものとに区別して考察すべきであるということも,本研究から明らかになった。 6. 今後の課題今後は,日本語話者のデータを拡充することに加え,英語話者のデータを新たに収集することにより,日英語間での対照研究を行い,「慰め」という発話行為に関して,より普遍的なレベルでの考察が望まれる。また,本研究のような,DCT (Discourse Completion Test)によるデータ収集が,自然な状況における発話の特質を必ずしも反映していないという種々の批判(Cohen 1996, Rose 1995など)を踏まえ,今後はrole-playなどもとりいれ,よりauthenticなデータが得られる手法での分析も必要であろう。その一方で,DCTが大量のデータを比較的短時間に収集できるというメリットも生かし,DCTによる量的研究と,role-playなどを用いた質的研究を組み合わせて,さらに信頼性の高い調査を行っていきたい。将来的には,日英語母語話者のデータに加え,日本人英語学習者のデータ(日本人が英語で回答)も収集し,英語母語話者と学習者の間にみられる語用論的転移(pragmatic transfer)を検証することによって,第二言語習得研究にも本研究での知見を援用していきたい。参考文献
Blum-Kulka, Shoshana., Juliane, House and Gabriele, Kasper. 1989. "Investigating cross-cultural pragmatics: An introductory overview." In S. Blum-Kulka, J. House, and G. Kasper (eds.) Cross-cultural pragmatics: Requests and apologies: 1-34. Norwood, NJ: Ablex.Brown, Penelope and Stephen C. Levinson. 1987. Politeness: Some Universals in Language Usage. Cambridge: Cambridge University Press.Cohen, D. Andrew. 1996. "Speech acts." In S.L. McKay and N.H. Hornberger (eds.) Sociolinguistics and Language Teaching: 383-420. Cambridge: Cambridge University Press.Matsumoto, Yoshiko. 1988. Reexamination of the universality of face: politeness phenomena in Japanese. Journal of Pragmatics, 12: 403-426.Rose, R. Kenneth. and Reiko, Ono. 1995. Eliciting speech act data in Japanese: The effect of questionnaire type. Language Learning, 45: 191-223.Sekiyama, Kenji. 1996. Pragmatic Transfer among Japanese EFL Learners: The Case of Responding to Compliments. Unpublished M.A. Thesis. Nanzan University.Thomas, Jenny. 1995. Meaning in Interaction. London: Longman.