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中間言語語用論への招待
−ひと・ことば・教育のインターフェイスをさぐる−

関山 健治
(愛知淑徳大学大学院 博士後期課程)
※当時

E-mail: sekiyama.kenji@nifty.ne.jp
Website: http://sekky.tripod.com

このハンドアウトについて:このハンドアウトは,1999年3月29日から31日にかけて行われた,横浜「言語と人間」研究会第25回春期セミナーのワークショップにおいて,受講者に配布したものに加筆修正したものです。非営利目的(個人利用、学術目的での利用)のご利用は,著作権表示を改変,削除しない限り,複製,再配布等ご自由にどうぞ。ただし、不特定多数に配布される場合(授業やゼミの教材として使われる等)は,事後でかまいませんので,その旨メールにてご連絡ください。

その他,ご不明な点やコメント等は,E-mail (sekiyama.kenji@nifty.ne.jp)にてお寄せください。


1. 語用論とは

Jackと友人のFabrizioはSouthampton港内のpubで賭けをしている。Jackが賭けに勝ち,ニューヨーク行きのTitanic号の切符を2人分手にする。(映画「タイタニック」より。以下同じ1

Fabrizio: You see? Is my destinio! Like I told you. I go to l'America! To be a millionaire! Capito? I go to America!
(やぁ,俺たち何てツイてるんだ! アメリカへ行って,億万長者になるぞ!)
Pubkeeper: No, mate. Titanic go to America. In five minutes.
(おい,君たち,あと5分でタイタニックが出航するぞ)
Jack: Shit! Come on, Fabri! Come on! It's been grand.
(やばい,ファブリツィオ,行くぞ。)

★ Pubkeeperの"Titanic go to America. In five minutes."という台詞は,表面的には「あと5分でTitanicが出港する」という事実を述べているだけで,「急げ」とも「時間がない」とも言っていません。しかし,この台詞を受けてJackがFabrizioを促して急いで船へと向かったのはなぜでしょうか?

1.1. 「語用論では何を研究するのですか?」

George Yuleという語用論学者は,語用論は言語学のくずかご(wastebasket)であると言っています。すなわち,他の言語学の領域でうまく説明のできない雑多な事柄を寄せ集めたのが語用論であるということでしょう。ここからも,語用論の守備範囲を一口で定義することは非常に難しいと言えるのですが,私なりに,大きく2つに分けてみました2。どちらにも共通して言えることは,ことば以外の要因も考慮に入れた,ことばの研究という点です。

★ ことばの,目で見たり耳で聞いたりすることのできない側面の研究:発話の含意,話者の意図,発話の解釈過程など。

★ ことばと使用者の関係の研究:話者の性別,人間関係,話の脈絡など,ことばを話す「ひと」の要因を考慮に入れた研究。

語用論は,「ことばの研究」という点では,言語学の一分野であると言えますが,「ことば以外の要因も考慮に入れる」という点で,言語学の他の分野(音声学,音韻論,形態論,統語論,意味論…)とは一線を画しています。このように,ことば以外の要因も重視するという性質上,ごく日常的なところに,語用論的に興味深い現象が潜んでいることがよくあります。

たとえば,通勤電車には,優先席を示すステッカーが貼ってありますが,今までは,単に「優先席」とだけしか書いてありませんでした。「優先席」という3文字には,「(お年寄りや体の不自由な人が)優先的に座ることのできる座席」という表面的な意味はもちろん,「優先席に座っている人は,お年寄りや体の不自由な人が乗ってきたら,席を譲って下さい」という裏の(表面に出ない)意味もあるのだということを私たちは無意識的に理解していたわけです。しかし,最近では,「優先席」の後に「おゆずり下さい。この席を必要としているお客さまがいます−お年寄りの方,妊娠している方,乳幼児をお連れの方,身体の不自由な方−」などと書かれたステッカーに取りかえられてきています(JR東日本,名鉄など)。

なぜこのような分かりきったことを長々と書くのでしょうか? 本来,表面に出る必要のない裏の意味をわざわざ明記するようになったのは,発話なり,文章なりの裏に秘められた効力(force)に気づかない鈍感な人が増えたせいでしょうか? 些細なことですが,語用論に携わる私には興味深い現象です。

1.2. 「語用論は,他の言語学の分野とどう違うのですか?」

★ 従来の言語学(生成文法など):「化石標本としてのことば」→ことばの形態的側面(目で見える(耳で聞こえる)側面)に関心を向けます。言い間違えたり,嘘をついたり,相手によってことばを使い分けたりということが一切ない,ロボットのような「理想的話者」(ideal speakers)を想定した研究です。ここでは,話者の性別や発話の意図といった細菌(社会的,個人的要因)を一切排除し,等質で均質な言語を対象にした,無菌室での科学的な言語研究3が行われます。言語の社会的側面を排除することにより,簡潔な説明が可能になり,人間の言語能力の解明に大きく貢献しました。

★ 語用論:「生き物,ナマモノとしてのことば」→実際の言語使用に関心を向けます。ことばを話すのが人間である以上,そして,人間が社会的動物である以上,社会的な要因(語用論的要因)を抜きにしてことばを語ることはできない,というスタンスに立ちます。これにより,従来の言語研究の中心であった「文」を単位にした研究(統語論)から一歩進め,「文」より大きな単位を認める必要性が出てきました。その大きな単位の一つが「談話」(ディスコース)です。近年脚光を浴びている会話分析,談話分析の研究も,広義の語用論の研究と言えます。

"Colorless green ideas sleep furiously."(無色の緑色の考えが猛烈に眠る)
→統語的には正しいが,意味的,語用論的に誤っている文

"The sun rises in the east and sets in the west."(太陽は東から昇って西に沈む)
→(道ばたで,通りすがりの人に言った場合)統語的,意味的には正しい4が,語用論的に誤っている文


2. 中間言語語用論とは

2.1. 「中間言語って何ですか?」

中間言語(interlanguage)とは,外国語学習者がそれぞれ持つ,過渡的な目標言語(target language: 学習者が学んでいる言語)の体系のことです5。図(OHP)のように,母語(L1)とも,目標言語(L2)とも違う,独自の体系を持つのが特徴です。あくまでも過渡的な体系であるため,学習者の目標言語のレベルが上がるにつれて,中間言語の体系はダイナミックに変化していきます。

従来(行動主義学者たち)の言語習得観の中心であった対照分析仮説(Contrastive Analysis Hypothesis: CAH)では,学習者の誤りは「悪」であるととらえられてきました。誤りを起こさないようにするためには,学習者の母語と目標言語を対照し,相違のある点(=学習者が誤りやすい点)を中心に,パターンプラクティス(pattern practice)6に代表される反復練習をさせ,「身体で覚える」ことが必要であると考えられてきました7

しかしながら,中間言語という概念が生まれたころ8から,学習者の犯す誤りは決してデタラメなものではなく,それなりに体系だっているのだという考えが主流になってきました。学習者の誤りを無条件に退治するのでなく,「誤りから学ぼう」という流れに変わってきたのです。そして,誤用分析(error analysis)とよばれる研究方法が確立されるとともに,人間を九官鳥やオウムと同列にとらえた行動主義的アプローチはすっかり鳴りをひそめ,学習者中心の(learner-centered)教授法が台頭してきたのです。

2.2. 「中間言語語用論って何ですか? 今までの中間言語研究とどこが違うのですか?」

中間言語語用論(Interlanguage Pragmatics: ILP)は,第二言語習得(Second Language Acquisition: SLA)9の立場からみた語用論の研究です。今までは,言語学は言語学の研究者が,SLAはSLAの研究者が,それぞれ独自の世界で研究してきました。中間言語語用論では,この2つの世界に橋をかけることにより,従来のSLA研究であまり行われてこなかった,外国語学習者の語用論的な能力の解明をめざします。

語用論的な能力(相手に応じて適切な言葉づかいをしたりする能力)は,文法や発音などの言語的能力と異なり,表面化しにくく,ペーパーテストでも計りにくいので,たとえばTOEFLが600近くあったり,英検1級を持っていたりといった,(日本人としては)「英語ができる」とされる人でも,思わぬ問題点を秘めていたりします。中間言語語用論は,従来,「英語ができる」ということで,SLA研究者の関心があまり向けられてこなかった上級学習者を主なターゲットにしているのが特徴です。上級学習者の語用論的側面が研究の対象であるため,いわゆる受験英語を中心とした英語教育現場にはあまり役にたたないかもしれません。その一方で,留学カウンセラー,英会話学校で教える先生,海外駐在員への語学教育など,高度な英語運用力の養成が要求される教育現場では,中間言語語用論の知見を実際の外国語教育へ応用することが期待されています。

従来の第二言語習得研究や,現場での英語教育:「目に見える」「耳で聞こえる」側面の研究,教育が中心:発音,文法,語彙など,言語的能力(linguistic competence)に関心が向けられてきました。

中間言語語用論:外国語学習者の語用論的能力(pragmatic competence)に関心を向けることにより,言語学(語用論)の研究成果の,外国語教育や第二言語習得研究への応用をめざします。

★言語的能力は,目で見たり,耳で聞いたりできます。そのため,日本語のような発音で英語を話したり,文法的に問題のある英語を話した学習者に対して,英語母語話者は「この人はまだ英語がうまく話せない」と容易に解釈できます。しかしながら,語用論的能力は,直接見たり聞いたりすることはできないので,非常に失礼な言い方(語用論的能力が欠如した言い方)をすれば,相手は「ことばの問題である」と好意的に解釈しないで,「この人は失礼な人だ」「礼儀を知らない」と,人間性を疑われてしまうこともあります。とくに,言語能力の高い人(文法的に正しく,英語国民に近い発音で英語を話す人)は,ネイティブ・スピーカーには,「言語能力が高いのだから,語用論的能力も同等のレベルがあるはずだ」と解釈されかねません。

2.3. 「中間言語語用論のバックボーンとなっている考えは何ですか?」

中間言語語用論は,Dell Hymesらが提唱した伝達能力(communicative competence)という考えがもとになっています。伝達能力という考え方は,linguistic competenceに重点をおくあまり,ことばをとりまく社会的要因を無視(あるいは軽視)してきた,Chomskyらの生成統語論に対するアンチテーゼとして生まれたと言っても過言ではありません。Hymesは,外国語を習得する際は,文法や語彙,発音といった言語的能力(linguistic competence10)だけでなく,相手との関係や場面に応じて適切な表現をする力である,語用論的能力(pragmatic competence)も重要であるとし,これら2つを統合したものが伝達能力(communicative competence)であるとしています。

語用論的にも適切な英語を話す際には,次の2つのステップをふみます。

★ Step 1: どれぐらいの丁寧度で話せばいいかを判断する(Sociopragmatic knowledge)→話す相手と自分との年齢差や親しさの度合いなどを元に,相手との心的距離を測定する。

Step 2: どのような言語表現を用いればよいかを判断する(Pragmalinguistic knowledge)→Step 1で測定した心的距離の度合いに応じて,適切な言い方を選択する。

Step 1のSociopragmatic knowledgeは,皆さんが生まれてからの生活を通して,無意識のうちに,自然に身につけているもので,意識的に学習したり教えたりすることは非常に難しいです。敬語の使い方(これはStep 2のpragmalinguistic knowledgeに相当します)を知らない幼稚園の子供でも,母親の機嫌がいいか悪いかを敏感に感じとり,機嫌の悪そうなときには「いい子」にしていようかな,と考えることぐらいはできます。

一方,Step 2のpragmalinguistic knowledgeを身につけるには,何らかの形で教わったり,意識的に学んだりする必要があります。日本語の敬語にしても,就職活動のマニュアル本で学んだり,入社してからの新入社員研修で多かれ少なかれ意識的に教えられるからこそ,自由に使いこなせるようになるわけです。

英語を学んでいる日本人を例に考えてみましょう。少なくとも,上級レベルの学習者なら,Step 2のスキルに関してはかなりの水準に達していると思います。"Open the window, please."よりは"Would you please open the window?"の方が丁寧な言い方であるということは,英語を勉強していれば,どこかで学んだことがあるでしょう。

しかし,Step 1の知識,たとえば,"Open the window, please."と言うことが許される相手や状況はどんな場合か,ということは,たとえ上級学習者といえども,判断に困るのではないでしょうか。「簡単じゃないか。目上から目下へ言う場合は,命令文も許される,それだけのこと」と思うかもしれませんが,必ずしもそうとは言えませんし,逆に,状況によっては,目下(たとえば,飛行機の客室乗務員)が目上(乗客)に「急ぎなさい! 何もたもたしてるの!」ということが許される場合11もあります。

先ほどお話ししたように,Sociopragmatic knowledgeは経験的に身につけていくものですが,各言語圏によってもその尺度は異なるので,日本語で身につけた知識が英語では通用しない場合もあり,外国語学習者泣かせの問題です。中間言語語用論の研究者が,様々な社会変数が外国語学習者の発話に及ぼす影響に関心を向けているのも,このような背景からです。

★ 最近になって,Communicative competenceの重要性が一般の教育現場にも浸透してきましたが,「文法や発音にこだわるからコミュニケーション能力は身に付かない」というように,誤って解釈されている場合も多いです。Communicative competenceはLinguistic competenceとpragmatic competenceを合わせたものであり,Communicative competenceイコールpragmatic competenceではありません。すなわち,コミュニケーション能力を身につけるためには,文法も必要です。文法だけ教え,語用論的能力を養成しないことが悪いのであり,文法を教えること自体が悪いのではありません。


3. 発話に影響を及ぼす社会変数とポライトネス

先にお話ししたように,語用論では,ことばを均質なものととらえるのでなく,人間的,社会的背景によってダイナミックに変化するものと考えます。このような変化が生じる要因は何でしょうか? 以下に,Brown and Levinson (1987), Thomas (1995)をもとに,いくつかあげてみました。


3.1. 社会変数

★ 話者と相手との力関係 (Power: P):以下のような種類があります。支配力の高い相手が低い相手に発話する際(ゼミの指導教授があなたに話しかける場合など)は,表現形式を自由に選べますが,逆の場合(あなたがゼミの指導教授に話しかける場合)は選択の余地がほとんどなく,もっぱら丁寧な表現を使うことが要求されます。

正当支配力 (Legitimate Power):立場や年齢,社会的地位によって生じる支配力(例・単なる外国人留学生だと思って横柄な態度をとっていた大学職員が,その留学生は母国では著名な大学教授であることを知り,急に丁寧に応対するようになった)。

偶像支配力 (Referent Power):他人から尊敬されたり,憧れられたりしている人がもつ支配力(例・母親がいくら「ニンジンを残さずに食べなさい」と子供に言ってもきかなかったのに,偶然,テレビの幼児番組で,アンパンマンが「ニンジンも食べようね」とひとこと言っただけで,ニンジンを食べるようになった)

専門支配力 (Expert Power):特殊技術や知識を持った人がもつ支配力(例・バラエティー番組で,ゲストが日本で数人しか持っていない特殊な資格(刀剣の鑑定士?)を持っていると知ったとたんに,高飛車な態度をとっていたタレントが,手のひらを返したように丁寧な言葉遣いになった)

★  話者と相手との社会的距離 (Distance: D):親しさの度合い,好き嫌いの度合いなど。Powerにくらべて主観的要素が入る?(例・初対面の人に頼み事をする場合/気の合う友人に頼み事をする場合)。親しくない相手や,あまりウマのあわない相手に話すときは,より丁寧な表現が要求されます。

★  負荷(imposition)の度合い (Ranking: R):何か発話をした際に,相手の受けるダメージ(負担)の度合い(例・10円貸してほしいと頼む場合/10000円貸してほしいと頼む場合)。相手の負担が大きくなれば,より丁寧な表現が要求されます。

★  義務(obligation)の度合い:相手が何らかの行為を行う義務があるかどうか(例・ゼミの指導教授に,就職先への推薦状を依頼する場合/結婚式でのスピーチを依頼する場合)。相手が行う義務のない行為の場合は,より丁寧な表現が要求されます(通常,ゼミ生の推薦状を書くことは,指導教授が行うべき職務の範囲内ですが,結婚式のスピーチは職務外のことなので,推薦状を依頼するよりも丁寧な表現でお願いするのが普通です)。


3.2. ポライトネス(Politeness)

外国語学習者の語用論的能力の研究で,もっとも関心を持たれているトピックの一つが,ポライトネス(politeness)との関連です。一般的に,敬意表現などと訳されるので,日本人は,「ポライトネス=敬語」ととらえがちですが,politenessはもっと幅広い分野までカバーします。一口で言えば,「気持ちよくスムーズにコミュニケーションを行うために,私たちがとる行動」がpolitenessと言えます。Politenessに関して細かくお話しすると,それだけで1回ワークショップができてしまうぐらいですから,ここではふれません。資料編にあげたいくつかのpolitenessのモデルを参考に,各自で文献(別冊のリスト参照)にあたってみてください。


4. データの収集方法

中間言語語用論に限りませんが,語用論の研究は,基本的に実証主義,つまり,実際のデータをもとに分析,考察を行います。そのため,データを集めたり分析したりする方法論的な知識も身につけておく必要があります。もっとも,私たちは統計学者ではなく,言語学なり第二言語習得研究なりに携わっているわけですから,データを集めたり,分析したりすること自体がメインではありません。集めたデータから何を言うか,どんな結論を導くかが大切なのであって,データはあなたの主張を裏付けるための「道具」でしかないということを頭に入れておきましょう。


4.1. 談話完成テスト (Discourse Completion Test: DCT)

いわゆるアンケート形式の調査で,場面を設定し,それぞれの場面でどう言うかを被験者に書き込んでもらうものです。

★ 一口にDCTといっても,様々なバリエーションがあります。以下の例で見てみましょう。いずれも,「謝罪」の言語行動を収集しようとするために,ゼミの指導教授が,ゼミ合宿の集合時間に遅刻した学生(「あなた」)に注意する場面を設定したものです。

(例1)
指導教授:「君,集合時間は9時だよ。30分も遅刻したじゃないか。」
あなた:

(例2)
指導教授:「君,集合時間は9時だよ。30分も遅刻したじゃないか。」
あなた:
指導教授:「わかった。これからは気をつけるんだよ。」

★ 例2は,調査対象者が書き入れる発話の後に,指導教授の発話(rejoinder)がついています。「謝罪」を引き出すためには,例1と例2のどちらがより適切でしょうか?
(ヒント)Rejoinderには,調査対象者の回答内容を限定させる(コントロールする)効果があります。

同一設問内にrejoinderを2カ所設ける場合もあります。

(例3)

指導教授:「君,集合時間は9時だよ。30分も遅刻したじゃないか。」
あなた:「      」
指導教授:「みんなちゃんと時間通りに集合していたよ。君だけじゃないか,遅刻したのは!」
あなた:「      」
指導教授:「わかった。これからは気をつけるんだよ。」

★ 例3のように,rejoinderを2カ所設けることで,どのようなことが調べられるか,考えてみましょう。

◎ DCTの長所

★  大量のデータを短時間かつ経済的に収集できる。

★  変数のコントロールが容易。

★  発話を書き起こす手間がかからない。

◎ DCTの短所

質的な信頼性に欠ける(すべてはこれに尽きます)

◎ DCT実施上の留意点

設問を厳選し,記入者に必要以上の負担をかけさせない。※ DCTに限らず,調査紙形式の調査では,必要以外のことはきかないのが鉄則です。パイロットスタディー(予備調査)を行い,必要な調査項目を厳選しましょう。調査紙の長さは,B4で1枚以内が目安です。

フェイスシート12は一番最後におく。→なぜ,そうすべきなのでしょうか?

調査者の氏名,所属,調査の目的を明らかにする。※回答者にとっては,自分の回答した調査紙がどのように使われるか,不安に感じる人もいます。私は,「調査結果を知りたい方は,余白にお名前とご住所(または電子メールアドレス)を記入して下されば,後日結果をお送りします」と最後に書き添えるようにしています。希望者が殺到すると送付作業に時間をとられ,困るのですが,経験上,希望者は多くて回収枚数の1割ぐらいでしょうか。


4.2. 実際の会話を録音する

テープレコーダーを用意し,自然な状況での会話を録音し,それをデータとします。会話分析関連の研究では日常的に行われている調査手法です。

◎ 実際の会話を録音する手法の長所

自然な談話データが得られる→自然な会話を録音するのですから,あたりまえと言えばあたりまえですが…。

◎ 実際の会話を録音する手法の短所

労力の割に,自分の必要とするデータが得られる保証はない→DCTやロールプレイと異なり,様々な変数をコントロールできないので,「なりゆき任せ」になります。ですから,自分の必要なデータが得られるとは限りません。

書き起こす手間がかかる→会話分析の研究で,トークショーなり,インタビューなりのトランスクリプション(書き起こし)をした経験のある人はお分かりでしょうが,実際の話し言葉を文字化するには非常に手間がかかります。DCTなら,回答者が「書き起こし」てくれるので,調査者の手間はかかりません。

◎ 実際の会話を収集する際の留意点

録音していることを参与者に明らかにしてデータを収集する場合,最初の5〜10分程度の発話は使わない→録音開始直後は,どうしてもマイクやテープレコーダーを意識してしまい,ぎこちない会話になる場合があります。録音を始めて5分から10分もすれば,録音機材の存在も忘れるでしょうから,データとして使うのはそれ以降にした方がいいでしょう。

必ず参与者全員の承諾を得る→分析対象になる人はもちろん,他の参与者の承認も得るようにしましょう13。時には,自然な発話を集めるために,いわゆる「隠しどり」をすることもあるでしょうが,その際でも,データ収集後に,今までの会話内容を,研究目的で録音していた旨を明らかにし,「事後承諾」を得るようにします。

プライバシーには十分配慮する。※ DCTと異なり,調査対象者の肉声がデータになるわけですから,プライバシーには十分配慮しましょう。発話の中で,個人の特定できる箇所(人名,地名等の固有名詞など)は伏せ字にしたりすることが必要です。


4.3. ロールプレイ(Role-play)

何らかの現実場面を想定し,実際に調査対象者に役割を演じさせることにより発話データを収集する手法です。DCTの話しことば版と言えば分かりやすいでしょう。普通,調査対象者には,次のようなロールカードが渡されます。この例では,調査対象者(外国語学習者)が留学生の役を,データ収集者がDr. Smithの役を演じます。ロールプレイの内容をテープレコーダーやビデオなどで録音(録画)することにより,データが得られます。

(ロールカードの例)

−場面設定−

あなたは,フルブライト奨学生として,アメリカ西海岸の有名大学で物理学を学んでいる日本人留学生です。春学期の物理学概論の中間成績は,意外なことにも「F」(不合格)でした。このままでは,来年以降の奨学金がもらえなくなることはもちろん,最悪の場合はkick out(中途退学)になる可能性もありますので,何とかしないといけません。幸い,最終成績ではないので,担当教授に異議を申し立てることができます。そこで,あなたは担当教授のDr. Nancy Smithのオフィスへ行きました。(ここからロールプレイが始まります)

−あなたのすること− ※すべて英語で行って下さい

Dr. Smith(ロールプレイをする相手)に,グレードに不満があることを英語で伝えてください。今後の留学生活の可否にかかわってくるわけですから,たとえ相手があなたのクレームに応じなくても,根気強く反論し,「F]を撤回するように要求して下さい。なお,ロールプレイは,あなたがDr. Smithのオフィスへ行き,彼女と向かい合った状態から始めて下さい。
 

◎ ロールプレイの長所

(実際の会話の分析にくらべ)必要なデータが確実に得られる:事前に場面や役柄を設定したロールカードを被験者に渡し,その場面,役柄を演じてもらうわけですから,調査者が必要なデータが確実に得られます。

(DCTにくらべ)データの信頼性が高い:「演技」であるとはいえ,話し言葉にはかわりありませんので,DCTよりは信頼できるデータが得られます。

◎ ロールプレイの短所

中途半端:ロールプレイは,実際の会話を録音する手法とDCTの両方の利点をあわせもっていますが,逆に言えば,両方の問題点もあわせもっているということです。「演技」である以上,データの信頼性も,自然な状況での発話には及びません。ロールプレイは,自然な会話を収集するよりは手軽に実施できますが,それでも,DCTのように何百人もの人にいっぺんに行えるものでもありません。

「疑似ロールプレイ」はいかが?

1対1のロールプレイは時間と労力が大変かかります。ロールプレイの利点はそのままに,DCTに匹敵する数のデータを手軽に集められないだろうか? と私が考えたのが,LLの機能を使った「疑似ロールプレイ」です。被験者と1対1で向かい合うのでなく,1対多(実施するLL教室の定員まで可能です)で向かい合うのがミソ14です。具体的には,以下のような手順で行います。インタラクティブなロールプレイはできませんが,単に場面を提示し,それに応答させることなら「疑似ロールプレイ」で可能です。

1. 事前に,被験者の人数分の生テープを用意し,LL教室(学生用ブース)のテープレコーダーに入れておく。※テープのラベルに,通し番号を書いておく。各被験者にはヘッドセットをつけさせ,付属のマイクを口元に持ってくるように指示する。

2. 被験者にロールカードを提示する(or調査者が読み上げる) ※ 提示する際は,拡大投影機やOHPを使うと便利です。

3. マスターコンソール(教師用卓)を操作し,各学生ブースのテープレコーダーを一斉録音の状態に切り替える。

4. 被験者に応答開始の指示をする→各被験者の応答内容が,口元のマイクを通して,各ブースのテープに録音される

5. 全員の応答が終わったらマスターコンソール(教師用卓)を操作し,全ブースのテープレコーダーを停止させる。

※ 場面設定の数だけ,2-5をくり返す

※ フェイスシートが必要な場合は,すべての調査が終了してから各被験者に配布する。その際,フェイスシートにテープ番号を書く欄を作っておくと,フェイスシートとテープの対応が明確になる。


4.4. コーパス

コーパス(corpus)とは,研究用に蓄積された言語データの集合体で,必要に応じて検索や再利用が可能になっているものです。新聞や雑誌などの書き言葉のものが多いのですが,最近になって,実際の会話を書き起こした話し言葉コーパス(スポークンコーパス)も徐々に増えてきていますので,これを談話データとして利用する手もあります。

◎ コーパスの長所

★ 良質のコーパスを用いれば,実際の談話を録音するのと同等の水準の自然な発話が,書き起こし作業なしで得られる。

★ コンピュータを用いて,多量のデータの中から,自分が必要とするものが迅速に検索できる。

◎ コーパスの短所

外国語学習者の発話を収録したコーパスはまだまだ少ない。※海外ではロングマン社を中心に,国内では朝尾幸次郎先生(東海大学)らのグループを中心に,学習者コーパス(learner's corpus)の整備が進んでいますが,まだ発展途上で,誰でも気軽に使える態勢にはなっていません。

分析の際,少なからずコンピュータやコーパス言語学15の知識が要求される。→コーパスは,まだ一般への普及段階には入っていないので,検索をするにはそれなりのコンピュータの知識が必要ですし,コーパスから得た膨大なデータを分析するには,統計学やコーパス言語学の知識が必要となります。

★ データ収集には様々な手法があり,それぞれが長所と短所を兼ね備えています。近年,中間言語語用論の研究に会話分析的な手法が援用されるようになるにつれ,DCTをベースにした研究が,信頼性に難があるという理由でやり玉に挙がることが多いですが,DCTの経済性と,量的な信頼性への貢献は,他の方法に真似できない利点です。今後は,複数の調査手法を組み合わせた研究(マルチメソッド)が主流になるでしょう。しかし,複数の調査を行うぶん,調査にかかる手間とお金は大きくなります。


5. 中間言語語用論の外国語教育への応用

中間言語語用論の研究成果は,とくに外国語の学習教材作成に応用できる可能性を秘めています。ここでは,その背景となるシラバスの種類に関して簡単にふれますので,皆さんが家庭教師等で教材を作る際の参考になれば幸いです。

★ 構造シラバス(structural syllabus):文法構造を軸に(単純なものから複雑なものへと)各課が構成されています。いわゆる「受験英語」の参考書によく用いられていることもあり,悪者扱いされることの多いシラバス(?)ですが,日本語教育(初級日本語学習者向けの教科書)においても一般的に採用されていることは,意外と知られていません。構造の単純な構文(英語なら第1文型など)から始め,徐々に複雑な構文(仮定法など)を導入するので,学習者の負担は少ないのですが,構造の複雑さと実際の使用頻度は関係がないので,日常的によく用いる構文が,複雑な構文であるという理由で後回しになる可能性もあります。そのため,短期間で目標言語の運用力をつけたい学習者には不向きと言えます。

★ 場面シラバス(situational syllabus):「空港で」「道を尋ねる」「レストランで」のように,実際に会話が行われる場面ごとに各課が構成されています。場面特有の語彙を学ぶためには有益なシラバスでしょう。一見,「役立ちそう」なイメージがあるせいか,英会話テキストでも,場面シラバスをもとにしているものがかなりあります。しかし,機能シラバスと異なり,複数の場面に共通する機能的側面をいっぺんに学ぶことができないので,効率は悪いです。また,場面ごとのモデルダイアローグを覚えても,実際の会話で同じような展開になるとは限らないので,応用がきかないという問題があります。

★ 機能シラバス(functional syllabus):「依頼」「謝罪」のように,発話の機能ごとに各課が構成されています。概念・機能シラバス (notional-functional syllabus) とも言います。高橋(1994)やBlundell (1982)は,機能シラバスを全面的に採用した英会話テキストの代表例です。

そのほか,「愛知万博」「地域振興券」といった話題(トピック)ごとに章立てし,それぞれの話題ごとに語彙や文型を提示する話題シラバス(topic syllabus)や,「旅行の計画を立てる」「パーティーを開く」といった目標を提示し,目標を達成するために必要な作業(タスク)を目標言語で行わせることを主体とした,タスクシラバス(task syllabus)などが,最近では注目を集めています。

★ 中間言語語用論の研究成果をもっとも生かせるのは,どのシラバスでしょうか?


6. 中間言語語用論の課題

中間言語語用論は,まだ登場して20年にも満たない,非常に若い分野です。最近になって,欧米の出版社から何冊かの良質な研究書が刊行されるようになり,論文や研究者の数も徐々に増えてきていますが,まだまだ未開拓な面も多々あります。

通時的側面からの研究の必要性(Kasper and Schmidt, 1996):中間言語語用論の研究の多くは,静的(static)なもので,ある一時点における学習者の語用論的能力を調査したものです。今後は,外国語学習者が語用論的なスキルを習得する過程を,時間を追って追跡していく研究が期待されています。

インタラクションの研究:あなたが,休んだ授業のノートを貸してほしいと友人に頼む場合,それも,今までに何回もノートを借りていて,頼みにくい状況を想定してください。何と言いますか? 「言語学概論のノート貸して!」と言えば,相手は「また?」と感じるでしょう。もっと丁寧に「言語学概論のノート貸してくれないかなぁ?」と言っても,あまり変わりはありません。このような場合は,ふつう

(あなた)「ねぇ,○○ちゃん,いつも迷惑かけて本当に悪いんだけど」(A)
(友人)「なぁに,いきなりかしこまっちゃって?」
(あなた)「昨日また言語学概論休んじゃって,このままだと試験で落ちそうなの」(B)
(友人)「…」
(あなた)「悪いけどノート貸してくれないかなぁ…?」(C)
(友人)「また? 前も借りたじゃない!」
(あなた)「うん,でもこれからはちゃんと授業に出るから。お礼にパフェおごるよ」(D)
(友人)「パフェかぁ。わかった。貸してあげる」

のような流れになるのではないでしょうか? まず前置きをして(A),状況がせっぱ詰まっていることを告げて同情を買い(B),メインの「依頼」の発話をし(C),そのフォローアップを行う(D)という手順を,母語では無意識のうちに踏んでいますが,目標言語で行うのは非常に難しいと言えます。しかし,従来の中間言語語用論の研究は,(C)の部分が中心だったため,学習者言語の談話レベルでの問題点が見過ごされてきました。今後は,談話レベルでとらえることにより,目標言語でのやりとりの分析も行っていく必要があります。


(補足)語用論の3つのアプローチ

一口に語用論といっても,様々なアプローチがあります。ここでは,Thomas (1995)の3分類をもとに,それぞれのスタンスを簡単に紹介します。


1. Speaker meaning (Social view)

発話者の視点に立ったアプローチです。なぜある発話が起こるのか,その背景(コンテクストや社会的要因)や話者の気持ちなどが関心の中心です。Austinの発話行為理論(speech act theory)をはじめ,言語哲学がらみの領域はこのスタンスに立っています。

* Utterance meaning (発話の字句通りの(辞書的な)意味)

* Force (発話に含まれた話者の意図)

★ ふつう,発話は,明示的な意味(utterance meaning)と暗示的な意味(force)の2つの意味を持ちます。聞き手がこれら両方を正しく解釈すれば問題ありませんが,いずれかが聞き手にうまく理解してもらえないと,誤解を引き起こす原因になります。語用論では,後者(暗示的な意味)を研究対象とするという点が,意味論(semantics)とは異なります。

(Utterance meaningとForceのズレが招いた誤解の例)Jackと会うことを母親から禁止されたRoseは,Jackにもうあなたの助けは不要であると言っています。

Jack: They've got you in a glass jar like some butterfly, and you're goin' to die if you don't break out. Maybe not right away, 'cause you're strong. But sooner or later the fire in you is goin' to go out.
(君は瓶の中に閉じこめられた蝶々のようなものだよ。壁をこわさないと生きていけないよ。君は強いから少しぐらいなら大丈夫だけど,いずれ,君の中で燃える炎は燃え尽きてしまう)
Rose: It's not up to you to save me, Jack.
(あなたの力を借りなくても自分で生きていけるわ,ジャック)
Jack: You're right. Only you can do that.
(そうだ。結局は君次第だから)

★ Roseは"It's not up to you to save me, Jack."に「あなたの力を借りなくても生きていける」(から,もう構わないで)というforceを持たせていますが,Jackはそのように解釈せず,「君自身の力でしなければならないこともあるけど,そんな時でも僕はそばで見守っているよ」というforceをこめて"You're right. Only you can do that."と言いました。

* Speech Acts(発話行為)

(例) White Star Lines(タイタニックの船会社)の社長Ismayは,一等船客のRose(イギリス上流階級の娘),その母Ruthとともに船上で昼食をとっています。Ismayが(Titanicの)「大きさ」へのこだわりを話しています。

Ismay: Yes, actually. I wanted to convey sheer size. And size means stability, luxury... and safety.
(ええ。前人未到の大きな船を造りたかったんです。大きいということは,安定を,贅沢を,そして,安全を意味するのです)

Rose: Do you know of Dr. Freud? His ideas about the male preoccupation with size might be of particular interest to you, Mr. Ismay.
(イズメイさん,フロイト博士のことをご存じですか? 彼の,男の人がなぜ大きさにそんなにもこだわるのかという考えを)

Ruth: My God, Rose, what's gotten into--
(ローズ,何てことを!)

Rose: Excuse me.
(失礼します)

Ruth: I do apologize.
(深くお詫び申し上げます)

★ 娘のRoseが自分の乗っている船の船会社社長である年輩のIsmayに皮肉を言って中座したことに対して,Ruthは非常に失礼な行為であると判断し,敢えて通常用いられる"I'm sorry."というような間接発話行為を用いず,I do apologize.という直接的発話行為を用いました。※英語に限らず,日本語で謝る際も,重大な失敗に対する謝罪では「謝罪します」「お詫びします」のように,直接発話行為がみられます。


2. Utterance interpretation (Cognitive view)

1.とは逆に,聞き手(hearer)の視点に立ったアプローチです。発話を聞き手がどう解釈するか,そのメカニズムの解明が主な目的です。(理論)言語学からのアプローチの多くはこのスタンスに立っています。最近では,Griceのcooperative principles(3.参照)の中の関連性の格率をもとにした,関連性理論(Relevance Theory: RT)が注目を集めています。

(例)Titanicが沈没し,JackとRoseは海に投げ出されました。水温が0度近くで,息も絶え絶えになりながら,救命ボートが来ることに一縷の望みを託し,励まし合います。

Jack: Just a few more minutes. It'll take them a while to get the boats organized. I don't know about you, but I intend to write a strongly worded letter to the White Star Line about all this.
(もう少しで助けがくるよ。今ボートを集めているところだ。助かったら,俺はホワイトスターライン(船会社)に抗議の手紙を書く)

Rose: I love you Jack.
(愛してるわ,ジャック)

Jack: No. Don't say your good-byes, Rose. Don't you give up. Don't do it.
(そんなこと言うな,今さよならを言っちゃだめだ。あきらめるんじゃないよ)

Rose: I'm so cold.
(寒いわ)

Jack: You're going to get out of this. You're going to go on and you're going to make babies and watch them grow and you're going to die an old lady, warm in your bed. Not here. Not this night. Do you understand me?
(もうすぐ助かるよ。助かったら,いずれ大人になって,子供を生んで,年をとって,温かいベッドの上で死ぬんだ。今,こんな冷たい海の中で死ぬんじゃないよ。)

Rose: I can't feel my body.
(身体の感覚がないわ)

Jack: Rose, listen to me. Listen. Winning that ticket was the best thing that ever happened to me. It brought me to you. And I'm thankful, Rose. I'm thankful. You must do me this honor. Promise me you will survive... that you will never give up... no matter what happens... no matter how hopeless... promise me now, and never let go of that promise.
(ローズ,聞くんだ。賭けに勝ってニューヨーク行きの切符を手にしたのは今までで最高の幸運だった。君に会えたんだから。だから,君に感謝してるよ。だから,何が起こっても,どんなに希望がなくても,あきらめないって約束してくれ。夢を捨てないって)

Rose: I promise.
(約束するわ)

★ Jackの発話に対して,Roseは最後の"I promise."を除き,全く関連のない(とんちんかんな)内容の応答をしています(関連性の公理に違反しています)が,コミュニケーション上の誤解を生じていません。


3. Meaning in interaction

発話者の視点と聞き手の視点を別個にとらえるのでなく,発話者と聞き手が相互にやりとりをする中で生み出される意味に焦点を当てたアプローチです。ポライトネス(politeness)の理論をはじめ,近年特に注目を集めている,会話分析,談話分析からのアプローチはこの視点に立っています。ここでは,politenessに関する様々なアプローチを簡単にあげておきます。

3.1. LakoffのPoliteness Rule

* Keep aloof.:相手と距離を保て
* Give options.:相手に選択の余地を与えよ
* Make addressee feel good:相手に親愛の情を示せ

3.2. GriceのCooperative Principle

* 量の格率 (Quantity maxim):必要とされている情報をすべて与えよ。必要以上の情報は与えるな
* 質の格率 (Quality maxim):真実でないと思われることを言うな。十分な証拠のないことは言うな。
* 関連性の格率 (Relation maxim):的外れなことを言うな。
* 様態の格率 (Manners maxim):曖昧な表現は避けよ。簡潔に言え。よく整理した話し方をせよ。

3.3. LeechのPoliteness Maxims

* 気配りの公理 (Tact Maxim):相手に対する負担を最小限に,利益を最大限に
* 寛大性の公理 (Generosity Maxim):自分に対する利益を最小限に,負担を最大限に
* 是認の公理 (Approbation Maxim):相手の非難を最小限に,相手の賞賛を最大限に
* 謙遜の公理 (Modesty Maxim):自分の賞賛を最小限に,自分の非難を最大限に
* 合意の公理 (Agreement Maxim):相手との意見の食い違いを最小限に,相手との合意を最大限に
* 共感の公理 (Sympathy Maxim):相手との反感を最小限に,相手との合意を最大限に

3.4. Brown and LevinsonのPoliteness Theory

フェイス (Face)

* 積極的フェイス (Positive face):「他人から認められたい」「評価されたい」
* 消極的フェイス (Negative face):「自分の領域を侵害されたくない」「自分の思うままに行動したい」Brown and Levinson (1987: 61)

フェイスを脅かす行為(Face-Threatening Act: FTA)

★ フェイスを脅かす度合い:社会的距離(相手との年齢,力関係,地位などの差)+心理的距離(好き嫌いの度合い,親しさ,主観的印象)+相手の負担

フェイスを脅かす度合い(Weightiness: W)はこれら3種の社会変数の総和(W=D+P+R)であり,Wが大きくなるにつれて,次に示すpoliteness strategyのうち,より大きな番号のものを用いるようになります。

(1) Without redressive action, baldly(あからさまに言う)
(2) Positive politeness(相手のフェイスを喜ばせることを言う)
(3) Negative politeness(相手のフェイスを侵害しないような言い方をする)
(4) Off record(露骨に言わないで,言外にほのめかす)
(5) Don't do the FTA(フェイスを脅かす行為自体を行わない)

Politeness Strategy: フェイスを脅かす度合いを回避,軽減するための方法

* Positive politeness(積極的フェイスを守る):冗談を言う,ファーストネームで呼ぶ,ほめる…
* Negative politeness(消極的フェイスを守る):相手と距離を置く,丁寧な言い方をする

★ Brown and Levinson (1987: 245):「日本語はnegative politeness主体の文化,英語はpositive politeness主体の文化に属する」

★ Politeness自体は人類普遍のものであり,それをどう具現するか(positive/negative politeness)が各言語文化圏によって異なります。Negative politeness主体の文化圏に属する日本語では,いわゆる「敬語」体系が非常に発達しています。一方,positive politeness主体の英語圏(特にアメリカ)では,冗談を言ったり,相手の持ち物や服装をほめたりといった行動がpoliteであると考えられています。

Brown and Levinson (1978 / 1987)の問題点

* Politenessの普遍性 / 相対性
* Positive politeness / Negative politenessの分類は妥当か?
* 各社会変数の影響を等比率にしている
* 西洋語,西洋文化圏に偏っている
* ディスコース単位でとらえる必要性

3.5. 井出 (1989)の「わきまえ」「働きかけ」

* わきまえ(Discernment):種々の社会変数を考慮し,それぞれの文化圏でふさわしいとされる規範慣習に従う敬語使用→限られた言語形式の中から選択。
* 働きかけ(Volition):相手との間によい人間関係を築き上げるために,積極的にストラテジーを使用。


(注)

1 ちなみに,「タイタニック」からの引用は,すべてhttp://www.script-o-rama.comにあるCameronのオリジナルシナリオをもとにしてあります(映画やビデオ化されたものではありません)。

2 これは私流の分け方なので,かなりアバウトです。ちなみに,Jenny Thomasという語用論学者は,語用論を大きく3つに分けています。後半の資料編をごらんください。

3 もっとも,最近では生成文法理論もかげりが見え始め,認知言語学(cognitive linguistics)的なアプローチによる研究が増えていますので,たとえ統語論といえども,必ずしも言語の外的要因を排除した研究が行われているわけではありません。

4天文学の教科書や,小学校の理科の授業などでは,まったく問題のない文章です。

5 Selinker, L. 1972. "Interlanguage." International Review of Applied Linguistics. 10: 209-230.で初めて使われました。

6 いわゆる「文型練習」です。ある構文を,一部分だけ置き換えて何回も何回も繰り返し発音させる方法です。皆さんも,受験英語の授業で経験したことがあるのでは?

7 この考えに基づいた教授法をオーディオリンガルメソッド(Audio-Lingual Method: ALM)と言います。英語教師をめざす人,日本語教育能力検定などを受けようと思っている人,外国語教育専攻の大学院を受験する予定の人は,必ず知っておくべき用語です。

8 1970年代前半。ですから,私と中間言語は同級生のような感じです(笑)。

9 第二言語習得研究は,いわゆる外国語教育の研究とよく混同されますが,前者はあくまでも学習者が目標言語を身につける理論的側面が主体です。荒っぽく言うと,たとえば「学習者が外国語でリスニングを行う際の問題点は何か?」を探るのがSLAの研究であり,「リスニングの力をつけるにはどのように教えればよいか」を研究するのが外国語教育の研究です。

10 「文法能力」(grammatical competence)と呼ぶ人もいますが,発音,語彙といった,文法以外の能力も含まれることに注意しましょう。

11 不時着水などの緊急時に,乗客に避難を指示する際は,強い命令口調で言うように,とマニュアルにあるそうです。

12 記入者の性別,学年,留学経験などを書いてもらう部分

13 欧米では,プライバシーが日本以上に重視されることもあり,口頭で承認を得るのでなく,あらかじめ記入した承諾書にサインをしてもらう場合も多いです。

14 問題は,人数が多くなると,集計に気の遠くなるような時間がかかることです。DCTでさえ,何十枚もあれば集計に数日はかかるのですから,疑似ロールプレイで何十本ものテープを起こすのがいかに大変か,想像がつくと思います。

15 コーパス言語学に関しては,斎藤俊雄 他(編)1998. 「英語コーパス言語学」(研究社出版)に詳しい解説があります。