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世界で一番大きな辞書 −OEDを使ってみよう−

「探検隊」の船出を前に,ちょっとした予備知識として,このコーナーの記述のもとになっている,OED (Oxford English Dictionary)についてお話しします。何それ? と思われる方も多いでしょうが,英語を専門にしている人でさえOEDを知らない(知っていても引いたことがない)人がいるぐらいですから,何も恐れることはありません。ただ,性質上,ちょっと堅い話になりますが,かんべんしてください。

 簡単にお話しすれば,OEDは,イギリスのオックスフォード大学出版局から出されている,ことばの辞書としては(おそらく)「世界最大」「世界最詳」の「20巻本」の英英辞書です。もうちょっと詳しく言えば,「単語の意味が古くからあるもの順に並んでいて(歴史的原理:後述)」「言葉のあるがままの姿を忠実に記録していて(記述主義:後述)」「言葉そのものの解説に焦点をあてた(“ことば典的”:後述)」辞書です。これらについて,以下でもう少し詳しく見てみましょう。なお,OEDの歴史や背景について(Murreyという人が中心に作ったとか)はここではふれません。関心のある方は,辞書学の入門書や英語史(近代英語以降の記述がある)のテキストなどを見てください。

OEDを語るためのキーワード

世界最大の辞書

OEDの総収録語数は約62万語で,英語に限らず,あらゆる言語の辞書の中でも世界最大級の辞典です。冊子体のOEDを初めて見た人は,全20巻,数万ページというボリュームに驚くでしょう。図書館の棚を一段丸ごと占拠して鎮座し,三方金,背革装丁の超豪華なOEDには,一種の近寄りがたい威厳さえ感じます。OEDの総文字数が世界中の英語母語話者の人数に匹敵するということからしても,その規模がいかに大きいか,分かると思います。このボリュームこそがOEDを語る上で最大の特徴でしょう。もっとも,CD-ROM版ならたった1枚の12センチCDに収まりますので,子供でさえ,片手で楽々と持てます。こうなると威厳も何もないのですが,たかがCD1枚ごときに7万円近くもする(昔はもっと高かった!)CD-ROM版OEDが,数あるCD-ROM辞書の中でも高嶺の花であることには変わりありません。

世界最詳の辞書

OEDの収録語数が多いといっても,最近では,「ランダムハウス英和大辞典」(約32万語収録)や,「リーダーズ英和辞典」と「リーダーズ・プラス」(合計で約45万語収録)のような大英和辞典が日本でも発売されており,収録語数だけで見ると,OEDに匹敵する辞書も少なからず出ています。

OEDのウリは,むしろ「最詳」の方にあります。とにかく詳しいのです。単語のスペリングの史的変化,細かな語源記述,豊富な用例… 普通の人にとっては詳しすぎるぐらいで,これが裏目に出て「OEDは難しい」という印象を与えているのかもしれません。

しかし,大きくて詳しい,ということは見方をかえれば「余裕」を意味します。車を例にとってみましょう。必要最低限の装備しかない軽自動車でも,カーナビやエアバッグといった贅沢品を搭載した高級車でも,高速道路で名古屋から東京まで行けることには変わりありません。しかし,出せる性能の限界近くまで使って軽自動車の運転をするよりは,排気量の多い高級車に乗って,ゆとりある運転をした方が疲れも少なく,快適なドライブができるでしょう。

OEDの「大きさ」「詳しさ」も「余裕」につながっています。コンサイスのような小型辞典と違い,余白が十分にとってあり,活字も大きく,非常に読みやすくなっています。詳しい情報にしても,すべてを読む必要はなく,取捨選択して読めば,決して難解なものではありません。例えば,現代英語に関心がある人なら,OEDに載っている古英語で書かれた用例などは読む必要はないわけです。

OEDを使いこなせるか否か,それは,後でもふれますが,「自分が今OEDで見ている情報がどういう情報なのかということを把握し,それが自分にとって必要なものか否かを見きわめる」ことにかかっていると言っても過言ではありません。

歴史的原理に基づいた語義配列

普通の辞書に比べてOEDがとっつきにくく感じる大きな理由の一つに,語義の配列が歴史的原理(historical principles)に基づいていることがあげられます。私たちがよく使う英和辞書や学習者用の英英辞書では,頻繁に使われる語義が先に出ています。例えば,niceという単語を引いてみると,「素敵な,楽しい」というような意味が一番最初に載っているでしょう。しかし,OEDでは,「馬鹿な」という,今では用いられていない意味から始まり,以下「好みにうるさい」「神経が細やかな」と続き,「素敵な」という意味はかなり後の方にならないと現れません。OEDでは,(大まかに)初出年の古い順に語義が並んでいるわけです。そして,それぞれの語義には(知りうる限りでの)最も古い引用例(例文)から始まり,最低約100年に1文の割合で,実際の文献からの引用例が,その文献の発行年とともに示されています。現在使われていない語義には(知りうる限りでの)最終例が示されているので,用例と年代を眺めるだけで,ある単語の年輪というか,プロフィールがつかめます。

記述主義による編集

辞書には,大きく分けて,ことばの正しい使い方を模範的に示すことを目的としたものと,ことばの実態を記録することに主眼をおいたものがあり,前者を規範的(prescriptive)な辞書,後者を記述的(descriptive)な辞書と言います。大半の学習英和,英英辞典は規範的側面が強く,そのため,用例なども作例(辞書に載せるために創作した英文)が中心となっています(COBUILDなどは例外です)。しかし,OEDは英語のありのままを記録することを目的とした記述主義を貫いているので,ほぼすべての用例が引用例(実際の文学作品や新聞,雑誌などの文章から抜粋したもの)となっています。語義も,編集者の主観で勝手に取捨選択したりすることはなく,実際の英語で使われたものは,たとえそれが文法的,語法的に疑問が残るものであったり,短期間で消滅したものであっても,すべて収録し,それを引用例で実証するという編集方針をとっています。そのため,初めてOEDを開いた人は,語義の精密さと用例の多さにびっくりするでしょう。  

コトバの辞書

辞書には,大きく分けて言葉の意味を説明したもの(辞典)と,百科事典のように,事物を説明したもの(事典)があります。しかし,最近はその区別もあいまいになり,「辞典」であるのに図版や固有名詞といった百科事典的要素を盛り込んだものも増えてきました。

一般に,アメリカで出版される辞書は,人名,地名などの固有名詞を多く収録したり,図版を多数載せるといった,「事典」的な要素が強くなっています。American Heritage Dictionaryのように数千枚の図版を盛り込んだ辞書は言うまでもなく,比較的地味なMerriam Webster's Collegiate Dictionaryや,OEDと双璧をなすWebster's 3rd International Dictionary (Web3)でも少なからず図版が収録されています。

一方,英国で出版される辞書は,ごく一部の学習辞典(Longman Dictionary of English Language Cultureなど)を除き,ほとんどが「ことばの辞書」に徹した編集になっています。OEDも例外ではなく,固有名詞はほとんど収録されていませんし,図版もありません。Web3にくらべてOEDがとっつきにくく感じるのもそのようなところに原因があるのかもしれません。これはCD-ROM版のOEDでも同じことで,国旗をクリックすると国歌が流れたり,動画やカラー図版が楽しめるといった仕掛けのある,いわゆるマルチメディアCD-ROM辞書にくらべればつまらないと感じるかもしれません。

こんなときにOEDを使おう

OEDは歴史的原理に基づいた編集になっていますので,言うまでもなく,昔の英文を読むときには重宝します。

Linguisticsとしての言語学を専門にしている人にはあまり縁がないでしょうが,文学を専攻している人や,歴史言語学のような,いわゆるphilologyを専門にしている人なら,現代英語以外で書かれた古い英文を読むこともよくあるでしょう。そのような場合,現代英語が中心の普通の辞書だけではうまく解釈できないということも起こります。というのは,通常の辞書は,実用本位の編集ですから,現在使われている語義が中心になっているということです。先ほどあげたniceの場合,OEDによれば,現在最も普通の語義である「素敵な」「良い」という意味は,1769年が初出になっています。ということは,もし18世紀以前に書かれた文献を読む際にniceという単語が出てきても,いつもの感覚で「良い」と解釈してしまうとおかしくなってしまうわけです。

OEDが役にたたない場合

「OEDは一番大きな英語辞書だから,どんな単語でも載っている」と考えている人が,英語を専門にしている人の中にも多くいます。そういう人たちは,大辞典にも載っていないような単語に出会うと「困ったときのOED頼み」というわけで,普段は見向きもしないOEDをひもとくのですが,それで解決するのは望み薄でしょう。確かにOEDの収録語数は半端な数ではありませんが,その中の多くは,現在では全く,あるいはほとんど使われていない語(廃語)であることを知っておく必要があります。試しに,冊子体のOEDを手にとって,適当なページを開いてみてください。至る所に,廃語,廃義を示す"†"の印が目につくでしょう。現代の英文を読む限りでは,このような語や語義は必要ありません。研究社や小学館の英和大辞典か,「リーダーズ英和辞典」,「リーダーズ・プラス」などの固有名詞を多く掲載した一般英和辞典のほうがはるかに有用でしょう。特殊な固有名詞や極度に専門的な語彙,つい最近現れたような新語など,これらの辞書のいずれにも掲載されていないような語は,OEDにだって載っていないと考えて,まず間違いありません。

それでは,古い英文を読む際はOEDが万能かと言えば,そういうわけでもありません。OEDには,中英語以前(1150年以前)に廃用となった語や語義は記載されていないので,特に古英語を読む機会の多い人は注意が必要です。 

OEDを引くのは難しい?

全20巻という見かけの「ばかでかさ」も手伝い,OEDに指一本触れたことさえない人までもが,「OEDは難しい」という先入観を持っているのは,非常に残念なことです。

結論から述べますが,OEDを引きこなすのは,決して難しくはありません! 

理由その1:「普通の英語の辞書は1巻本なのに,OEDは20巻もあるから,求める単語を引くときにどれを引いたらいいか分からない!」

−−実に素朴な疑問ですね(^^)。OEDも普通の辞書と同じで,単語は語頭からのアルファベット順で並んでいます。大半の百科事典同様,1巻ですべてが収まらないので分冊になっているのです。そのため,abandonという単語を引きたければ,Vol. Iを,zucchiniならVol. XXを見ればいいのです。

理由その2:「OEDは全部英語で書いてあるから,内容がさっぱり分からない!」

−−これは確かにその通りです。言ってみれば,OEDは英英辞書の親分なのですから,英英辞典など見たことも使ったこともないという人にはつらいでしょう。でも,これは英英辞書全般に言えることであって,何もOEDだけが悪いわけではありません。逆に,ふだんから英英辞書を使っている人にとっては,OEDだって特別難しいというわけではありません。もちろん,外国人向けの学習英英辞書のわかりやすさには及びませんが,ペーパーバック版のネイティブ向け英英辞書よりは,OEDの方が無用な省略がない分,書いてあること自体はずっと分かりやすいと思います。学部大学生はもちろん,英語が好きで英英辞書を日常的に使っている人なら,高校上級生でも要領さえのみこめば(OEDの記述の構成を知れば)十分OEDが使えますよ。

理由その3:「ふだん英英辞書を使っている。でもOEDはちんぷんかんぷん!」

−−たぶん,こういう人は,自分が今,OEDのどういう情報を見ているかがはっきりしていないのだと思います。

OEDをひくということは,たとえて言えば,太平洋を航海するようなものです。太平洋の真ん中で迷わないためには,地図や羅針盤を使って,「自分が今どこにいるのか」を常に知っておくことが必要でしょう。一方,私たちがふだんよく使う普通の英和,英英辞書をひく作業は,プールで泳ぐようなものです。地図や磁石などなくても,自分がプールのどのあたりにいるかは目で見れば分かります。OEDも,普通の辞書と同様,「見出し語」「発音」「語源」「語義」「例文」という,(大きく分けて)5種類の情報が含まれています。逆に言えば,OEDも,普通の辞書も,載っている情報の種類自体に大きな差はありません(綴り字の変化や初出年といったものはOED独特でしょうが)。これらの情報の「量」が,普通の辞書とくらべてとんでもなく多いだけのことです。たとえば,takeのようにたった1語で数十ページを占領していたり,ある単語の,ある特定の語義の例文だけで数ページにわたっていたりというようなことはOEDではざらです。

OEDをひくときは,常に「今自分はどういう情報を見ているのか(発音なのか,語義なのか,例文なのか…)」ということを把握するようにしましょう。そうすれば,例えばOEDで,ある単語の語義だけを知りたいときは,膨大な例文はとばして読むとか,要領が身についてきます。

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