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日本語の「慰め」表現に見られるPoliteness Strategy
−話者の性別による影響の考察−

関山 健治(愛知淑徳大学大学院)

E-mail: 961018x@asu.aasa.ac.jp

Blessed are they that mourn: for theirs is the kingdom of heaven (Matt. 5.4)

−悲しんでいる人たちは,さいわいである。彼らは慰められるであろう−(マタイによる福音書・54節)

1・はじめに

慰め表現とは?

→何らかの困難や苦労に直面している者に対し,その困難や苦労を したり,克服する手助けをすることにより,互いの人間関係の維持向上を目的とする発話行為。

「慰め」という発話行為の特徴

2・本研究の目的と理論的背景

本研究は,以下の3点の考察を目的とする。

 

(Psychological Distance: PD),慰める場面の深刻さ(Severity: SV)といった種々の変数は,「慰め」の発話内容や,発話の際に話者がとるpoliteness strategy(後述)にどのような影響を及ぼすか? (2)の変数による影響度に違いは見られるか?

 

 井出

他 (1986) は,日本語におけるpoliteness strategyに影響を及ぼす要因として,以下のようなものをあげている。

 

 

本研究では,これらのうち,親疎関係と場面の改まりの度合いに焦点を当て,それぞれ,「話者間の心理的距離(Psychological Distance: PD)」,「場面の深刻さ(Severity: SV)」という変数を設定して考察する。その際,従来の研究ではあまり考慮されなかった,話者の性別が発話内容に及ぼす影響にも着目する。

言語行動によって,相手の面子(face)を脅かす危険が生じた際,faceを守るためにとる様々な方略がpoliteness strategyである。Brown & Levinson (1987)は,politeness strategyを以下のような5種類に大きく分類し,この順に丁寧度が高くなるとしている。本研究では,様々な具体的なストラテジーの中から,発話の量に着目する。慰めるという発話行為も,Brown & Levinson (1987)の言うFTA(Face Threatening Act: 相手の面子を脅かす行為)の一つであると考えると,FTAを行わないこと,すなわち,発話自体を抑えることが最もpoliteであると考えられる。

 本研究においては,以上のことをふまえ,具体的に,次の2つの仮説を検証することになる。

仮説1・話者間の心理的距離(PD)が大きくなれば,要求される丁寧度も高くなるので,発話量は少なくなる。

仮説2・場面の深刻さ(SV)が大きくなれば,要求される丁寧度も高くなるので,発話量は少なくなる。

Politeness Strategyの分類 (Brown & Levinson (1987)
  • Without redressive action, baldly(あからさまに言う)
  • Positive politeness(相手の面子を喜ばせることを言う)
  • Negative politeness(相手の面子を侵害しないような言い方をする)
  • Off record(露骨に言わないで,言外にほのめかす)
  • Don't do the FTA(FTAを行わない)

3・調査の概要

調査対象:学部大学生(名古屋学院大・愛知学院大(男子35名)・愛知淑徳大(女子35名))

実施方法:

1997年1月〜7月に実施。何らかの形で「慰め」の必要な場面を設定した調査紙(別添)を配布し,被調査者の反応を,実際に話す調子で記入するよう指示した。各場面は,その深刻さ(severity)が比較的大きいもの(3場面)と,小さいもの(3場面)の計6場面から構成される。調査は,2回に分けて行われ,それぞれ,PDが大きい相手(顔見知り程度の級友を想定)に対する慰めと,小さい相手(最も気の合う親友を想定)に対するものを扱った。各調査は,PDが異なるのみで,場面設定は全く同一である。

番号 SV 場 面

1 + ゼミの発表で激しく批判された。

2 − 約2000円入った財布をすられた。

3 − 全速力で走ったが,タッチの差で電車に乗り遅れた。

4 + 父親が急に亡くなった。

5 − 隣家の飼い犬が無駄吠えし,寝られなかった。

6 + 長年交際していた彼氏(彼女)と別れた。

4・データの分析

 「慰め」行動のストラテジー全体を,「同情(Commiseration)」,「激励 (Encouragement)」の2段階に大別し,それぞれに下位区分を設定した。データのコーディングは,下記のカテゴリーを用いて節単位で行われた。また,各回答における節の数の平均値を,1人あたりの平均発話量として,各変数別に算出した。例えば,「その気持ち,よく分かる。辛いでしょう? 私で良ければ力になるよ」という回答には,「共感する / 認める」(2回),「手助けを申し出る」のストラテジーが含まれており,発話量は3となる。

◎同情 (Commiseration):慰める原因となった相手の困難や苦労に関して言及することによって,相手の苦しみを和らげ,不幸(不運)な出来事によって生じた自分と相手との距離を縮める働きをする。

「同情」のストラテジー

◎ 激励 (Encouragement):困難や苦労を振り返るというよりは,今後に目を向け,困難や苦労から克服するための指針を提示し,それによって互いの人間関係を維持向上させるという働きをする。

「激励」のストラテジー

◎ その他

5・結果と考察

「慰め」の発話に見られる量的な特徴

(グラフ1参照)

社会変数が慰め表現に及ぼす影響

(グラフ2参照)

平均発話量の差異

(グラフ3参照)

6・今後の課題

本発表では,もっぱら,日本語における慰め表現を扱った。その結果,「慰め」という発話行為においても,他の発話行為と同様に,相手との心理的距離や場面の改まり方の度合いといった変数が,発話量を抑えるというpoliteness strategyに少なからず影響を及ぼすことが明らかになった。また,「突き放し型」―「寄り添い型」,「事実重視型」−「対人重視型」の違いからも明らかなように,話者の性別によって,慰める際のストラテジーも大きく変わってくることも浮き彫りとなった。

今後は,日本語話者のデータを拡充することに加え,英語話者のデータを新たに収集することにより,日英語間での対照研究を行い,「慰め」という発話行為に関して,より普遍的なレベルでの考察が望まれる。また,本研究のような,DCT (Discourse Completion Test)によるデータ収集が,自然な状況における発話の特質を必ずしも反映していないという種々の批判(Cohen 1996, Rose 1995など)を踏まえ,今後はrole-playやinterviewなど,よりauthenticなデータが得られる手法の導入も検討する必要があろう。将来的には,日英語母語話者のデータに加え,日本人英語学習者のデータ(日本人が英語で回答)も収集し,英語母語話者と学習者の間にみられる語用論的転移(pragmatic transfer)を検証することによって,第二言語習得研究にも本研究での知見を援用していきたい。

言語学は,「ことば」という,我々にとって非常に身近なものを扱う分野であるだけに,近年人類が直面している様々な社会的諸問題の解決手段として,江湖の期待は大きい。言語研究が,学界への貢献だけでなく,人間社会全体の平和にも寄与していくためには,現在主流である,形式主義的立場からの研究に加え,本研究をはじめとした,語用論,社会言語学,談話分析といった,言語の機能的側面に焦点を当てた研究も,今まで以上に積極的に行われる必要があろう。

参考文献

Brown, P., & Levinson, S. C. (1987). Politeness: Some Universals in Language Usage. Cambridge: Cambridge University Press.

Cohen, A. D. (1996). Speech acts. In S. L. McKay & N. H. Hornberger (Eds.), Sociolinguistics and Language Teaching. (pp. 383-420). Cambridge: Cambridge University Press.

茨木 径子,関山 健治 (1995). A Sociocultural Analysis of How Japanese and English-speaking People Express their Condolences: The Role of Social Distance. 第27回白馬夏季言語学会 口頭発表(長野県北安曇郡白馬村)

井出 祥子 他 (1986). 日本人とアメリカ人の敬語行動−大学生の場合− 東京:南雲堂

Rose, K. R., & Ono, R. (1995). Eliciting speech act data in Japanese: The effect of questionnaire type. Language Learning, 45(2), 191-223.

Sekiyama, K. (1996). Pragmatic Transfer among Japanese EFL Learners: The Case of Responding to Compliments. Unpublished M.A. Thesis. Nanzan University.

関山 健治 (1997). 日英語の「慰め」表現に見られるPoliteness Strategy −パイロットスタディ− 横浜「言語と人間」研究会 第23回春期セミナー 口頭発表(神奈川県相模原市)

Tanaka, S., & Kawade, S. (1982). Politeness strategies and second language acquisition. Studies in Second Language Acquisition, 5(1), 18-33.

Thomas, J. (1995). Meaning in Interaction. London: Longman.

津田 早苗 (1997). FTAを避けるための英語のポライトネス・ストラテジー Tokai Review, 22, 11-28.

付・Politeness Strategyに関する入門書・概説書(特に学部生の皆さんへ)

東 照二 (1997). 「社会言語学入門」 研究社出版

Blundell, J. et. al. (1982). Function in English. Oxford University Press.

大内 博 (1993). 「コミュニケーションの英語」 講談社(現代新書)

島岡 丘 他 (1996). 「英会話使い分け辞典」 創拓社

高橋 朋子 他 (1994). 「機能表現スタイルブック」 アルク

田中 春美 他 (1996). 「社会言語学への招待」 ミネルヴァ書房

脇山 怜 (1990). 「英語表現のトレーニング」 講談社(現代新書)